彼は器用に脇に本を挟んで図書室のドアを左手であけた。
こういう時、私が時田陽葵なら彼に明るく笑ってあげられるんだろう。こんなひきつった笑顔じゃなくて、誰にでも平等な目で。
伊藤一葉でも良い。黙って彼のために図書室のドアを開けて、彼が謝ると、暑いから開けっぱなしにしただけだと、やはり飾り気なく言えるはずだ。
でも、私は何度も何度も、そう出来ない自分を呪って、それを昇華するために、ペンを走らせるだけ。
私は本を書いて、名前も知らぬ読者に笑顔になってほしくて、勇気を与えたくて、今だってそれを夢見ている。
なのに、なのに
目の前のクラスメートさえ私は____。
うつむくと、ノートが目に入った。今回の主人公の設定に目がいく。
ため息が自然と溢れた。
私の書く主人公はいつも斎京也のようにクラスの中心人物で、時田陽葵のように明るくて、伊藤一葉のように面倒見がいい完璧な子だ。
それは全部、私の憧れ。
色々思うこともあるけれど、結局私は彼らが羨ましい。
きっと、私は彼らみたいに考えられないから、綺麗な物語が書けないんだと思う。
誰もが感動する美しい物語は、きっと私の中にはない。
私が書いたら全部、羨望とひがみになってしまう。
だって物語が現実三割理想七割で書かれてると思ってる時点で、私は物事を斜めに見てる。
全部計算づくで、臆病で。
全然綺麗じゃない。
「………やめた」
今はダメだ。今書いたら汚い感情でいっぱいになってしまう。
なんて、この先書けるかなんて言われたら、答えられないけど___
「なにを止めるんですか?」


