どうやら逃してくれるという選択肢は用意されていないらしい。

……女の子もわたしも気まずいからやめてほしいんだけど。



「………」



でも言われた以上突っ立っているわけにもいかないから、部屋に入って扉を閉める。

ピーチネクターを手渡せば、彼はお礼を告げて、自分の隣にわたしを座らせた。



「……なんだっけ。

ああ、そう。なるみのどこがいいか?」



「はい。だって、」



「んなの、俺が何やっても怒んないとこじゃん。

……なんとも思ってないんじゃねえの。それはなるみから俺への愛情なワケ」



……よくもそんなペラペラと嘘を言えるものだ。

言葉を巧みに操る男は、女を口説くのも、嘘をつくのも容易い。




「っていうかさ、」



くっと、プルタブを起こして缶を開ける衣沙。

ピンク色のそれに口をつけてから、彼はふわりと首をかしげる。まるでわたあめみたいな甘さを保ったまま、小さく笑った衣沙は。



「なるみのこと馬鹿にすんのやめてくんない?」



そのやわらかさとまるでかけ離れた言葉を、冷たく紡ぐ。

女の子の表情が凍るのを見つめながら、衣沙がめずらしく怒ってるなと意識の端で思った。



「俺そうやって他人を蔑む女、一番嫌いなの。

……特になるみのことを悪く言われたら、すげえイライラする」



衣沙は女の子には優しい。

その衣沙がこうやって怒るのは、中学時代にわたしが受けた嫌がらせの数々を知っているから。



停学明けの後、衣沙は一時期どうしようもないほど荒れてた。

普段はまったく怒らない衣那くんに、人生ではじめて激怒されて反省した衣沙に、いまはもう、そんな面影もないけど。