衣沙が、ぱち、とまばたきする。
ふわりと、桜の甘い匂いがふたりの間に漂う。
「は……?
……いや、たしかに、俺のせいでそんな目に遭わせたのはわかってるし、責任も感じてるけど」
「ほら、」
「でも付き合うフリしようって言ったのはそういう理由じゃないし。
……なんでそこまで深読みできんのに、もっと簡単なことに気づかねえかな」
わたしが衣沙を好きになったのはその時だった。
……わたしに何も言わないで勝手に行動に出たのはさすがに心配で怒っちゃったけど、嬉しかった。
言わなくてもストーカーされていることに、ちゃんと気づいてくれた。
結果的に、何か起こる前にわたしを守ってくれた。
好きになる理由としては、充分すぎる。
「……なるみ」
「………」
「俺はそんなかっこいい理由で、付き合うフリしようって言ったわけじゃねえよ。
だから、責任とかそういうのじゃない」
「……ほんとに?」
「ほんとに」
くすりと衣沙が笑うだけで、どこか甘く感じるのはどうしてだろう。
綺麗な顔でそうやって笑う衣沙に、いつもドキドキする。
……わたしだけのものになってくれたらいいのに、なんて。
そんなこと、ぜったい、口に出して言えないけど。