返事しない俺に、そろりと声をかけてくるなるせ。
「いまから家行っていい?」と放った声が、予想以上に低くなったのは言われなくてもわかった。
『え、あ、うん。
でも姉ちゃん、帰ってきてすぐに風呂入って、部屋こもって出てきてないから……』
「いいよなんでも。とりあえずそっち行く」
ずっとずっと、ファーストキスは好きな人がいいって、未だに思ってるなるみ。
それを馬鹿にしたことなんてないし、むしろ自分を安売りしてる女よりよっぽどいいと思う。
だからこそ、どうしても、それは許せなくて。
なるみを責めたからどうにかなるってわけでもないけど、収まらない苛立ちをなんとかしたくて。
「……チッ、マジで何してくれてんだよ」
電話を終えて、思わず舌打ち。
17年も守ってきたのにあっさりくちびるを奪われたら、さすがになるみだって落ち込む。
……俺だって、ためらった。
触れたくて仕方ない時だってあったのに、ずっとずっと何度も我慢したのに、ほかの男にあっけなく奪われるなんて、冗談じゃない。
「お邪魔します」
「あら、衣沙くん。
この時間に来るなんてめずらしい」
「すみません押し掛けて……
なるみに用事あるだけなんですぐ帰ります」
粟田家についてすぐ、そう言って、なるみの部屋に向かう。
コンコンとノックしたけど返事がなくて、声をかけてからドアを開けば、電気はついているのになるみはベッドの上ですでに眠っていた。
……ふて寝でもして、そのまま寝落ちたのか。
「……なるみ」



