「……さて、浮気性のおひめさま。

俺と一緒におとなしく帰ろうな」



「浮気性って……」



「浮気性だろ。

ツキとのことも俺は許す気ないからな」



「……ごめんなさい」



謝れば、こつんと小突かれる。

でも全然痛くなくて、むしろ優しい表情で見下ろしてくる衣沙にきゅうっと締まった胸の奥の方が苦しい。



「ほら帰ろ、なるみ」



身体をそっと離して、わたしに手を差し出す衣沙。

あ、と。その瞬間に記憶の奥底に眠る衣沙の姿が重なって、わたしはそろりとその手を握り返した。




──幼い頃からそうだった。

幼い頃からわたしの手を引くのは、衣沙だった。



「あ、えっと、色々ごめんなさい……

話、とか、聞いてくれてありがとう」



「ふふっ、どういたしましてー。

またねー、なるみちゃん」



懍くんにひらひら手を振られ、それに空いている手を振り返して、衣沙と並んで歩く。

繋がった指先を撫でられるような感触のあと、衣沙は指先を絡ませた。



「……俺さ、怒る資格ないよ」



いつからだったっけ。

手を引いてくれていたはずの衣沙の手を、わたしが引いて歩くようになったのは。



衣沙が頑張ることをやめたのは。

一体、いつからだった?