バッグの中に入ったままの、進路希望調査票。
まだ書いてなかったと眉間を寄せていたら、どこからか聞き覚えのある声がわたしを呼んだ。
きょろ、と周りを見回せば。
路肩に停められたシルバーの車の窓から顔を出して、手を振っている綺麗な女性。
「おひさしぶりです、八王子さん」
「ふふ、ひさしぶりー。
あ、乗って乗って? 学校まで送ってくから」
ルノとルアの、お母さん。
会うのは婚約者のあの一件以来で、彼の婚約者という立場をルノが取り下げてくれたようだから、すこしだけ気まずい。
「いいんですか? わざわざ送ってもらって」
助手席を勧められて、車に乗る。
通学にバスを使わなくていいのはラッキーだけど、わざわざわたしに会いに来るなんて何かあったんだろうか。
「ちょうど旦那……理事長にも用事があるのよ。
そうそう、南々瀬ちゃん、進路ってもう決めてるの?」
「え? あ、まだ決まってなくて……
ちょうど今進路希望調査票も持ってるんですけど、」
いまだ白紙。
それを告げれば彼女はくすりと笑って、「それならよかった」と口にする。
……"それならよかった"?
「南々瀬ちゃん、ハチプロのこと知ってる?」
落ち着いた運転で、車を進める彼女。
一瞬ちらりとわたしの方へ視線を流す姿は、いくみさんと同じでキャリアウーマンだ。高校生の息子がふたりいるようには、到底見えない。
最近は海外にいるってルノが言ってたけど……
どうやら帰国していたらしい。



