"それ"があるのを知っていた。
「あ」
下にある物を戸惑いながらも見つめる。
目の前に広がっていくのは、彩。
ただ静かに彩は黒へと表情を変えながらもゆっくりと流れていく。
彩は呆然と立ち尽くしている彼の足元まで流れていき音も立てずに舐める。
舐め尽す。
次第に侵されていく。
そこにある彩は彼の指先から少しずつ全てを食べていく。
体中を弄っているような快悦に似た感覚が蔓延っている。
きっとそれは恐怖。
背後から唯一無二となる快悦への誘惑に導かれようとしている。
そこは誰も踏み入れたことのないユートピア。
鈍間な彼にはまだユートピアは認知されていない。
誘惑も指図も耳に届かないほど彼はまだ恐怖と安堵に苛まれていた。
彩に包まれるようにしてあるのは、真っ白な死体。
死体には白色のペンキが掛けられている。
その白色が死体から出ている溢れている血と混ざり合い、何よりも美しい。
腹中からは鈍い泡が湧き出ていた。
その泡さえも白は飲み込んだ。
その白さえも彩は飲み込んだ。
死体から吐き出される彩に魅せられた彼の全て。
酷い恐怖にも似た明確な安堵は増幅していき、更に奇妙な感覚が彼を包み込んでいく。
直向きに美しくある死体。
直向きに変わりゆく彼の表情。
死体だけでも奇妙だというのに、どうしてここまでも彩は彼に触るのだろうか。
彼は今、非現実を目にしている。
彼にとってはその事実が圧倒的な異常だという衝撃の方が強く、興奮で立ってもいられない。
ただ、脳は蒸発していく。
黒の中で異様な光は切られた。