【短編】鬼神の森

 
 ………あたたかい……



 今まで触った事も無いほど上質な毛皮に、足の指先まで包み込まれたような、暖かさだった。

 そんな心地よさにサヨは、満足げにため息をついた。

 身動きすると。

 毛皮についた固まった泥や、小枝や、草の実などが当たって身体中ちくちくしたのだが、そんなのはこのさい、どうでも良かった。

 なんだか、とても安心で。

 小さなあくびを一つして、再び眠りにつこうとしたとき。

 ……自分が意識を失う直前に、何が起きていたのか思い出して、がばっと身体を起こした。

 ここは、朽ちかけた祠の中らしい。

 いつしか、冷たい雨は、止み。

 降り注ぐ月の光で、辺りは白々と薄明るかった。

 弱い光を透かして見れば。

 サヨは、素裸で、獣に抱きしめられているようだった。

 そのおかげでサヨは、凍えて死なずに済んだのに。

 一糸まとわぬ自分の姿に、サヨは、耳の先まで、顔を赤くすると。

 眠っている巨きな、獣の腕を押しのけて、隅に置いてある、行李(こうり)に這いよった。

 嫁入り道具替わりに持って来た、古びた、小さな行李だった。

 その中から、唯一の着替えを着たとき。

 どうやら、獣も目を覚ましたようだった。



 るるるる……




 サヨは、寝ぼけたように喉を鳴らす鬼神が、もう怖くなかった。