【短編】鬼神の森

「ハラが減ったなら……喰えばいい!」

 震える声を励まして。

 サヨが、気丈に叫んだとき。

 巨(おお)きな黒い、獣がサヨに向かって、飛びかかって来た。


 ガァアゥ!!


 獣は、サヨにのしかかると、長く、鋭い爪で、サヨの着物を引き裂いた。

「………っ!」

 次に、来るはずの。

 胸を爪で貫かれる痛みを予想して、サヨは、目を固く閉じた。


 ……が、しかし。

 サヨの柔肌に、凶悪な爪は、刺さらなかった。

 恐る恐る、目を開くと。

 鬼神は、サヨの懐から転がり出たイモを、むさぼり喰っていた。

 良く見れば。

 鬼神の瞳は、意外に優しく、肉食のそれではない。

「……お……お前……」

 穏やかな瞳に、サヨが、そっと声をかけると。

 鬼神は、ナンダ? と言うように小首を傾げた。

 その、妙に可愛らしく、外見の雰囲気とまるで合わない仕草と、ほっとしたのでサヨは。

 幾月(いくつき)かぶりに微笑んだ。

「……まだ……喰うか?」

 残りのイモを差し出せば。

 イモで頬を膨らませた獣が、嬉しそうに手を出した。

 その、獣の手に最後の食物を手渡すと。

 ふうっと、サヨの意識は遠のいた。

 あまりの寒さに。

 緊張の解かれた身体が、保たなかったのだ。