【短編】鬼神の森

「な……なに……?」

 サヨが霞む目で見上げれば、そこに……

 大きな生き物が、のそり、と出てくるところだった。

 ざっと見ても、六尺五寸(約195cm)はありそうだった。

 全身を覆う黒く長い毛は、折からの時雨で濡れそぼり、小枝や泥が絡まって、酷く汚れていた。

 猿か。

 ヒトか。

 それとも……鬼神か。

 今まで、誰も見たことのない怪物は。

 サヨを見つけて、黄色い牙が乱立した口を、大きく開いて吼えた。

「ハラ……ヘッタァ!!」


「……!」

 サヨは母の亡骸を抱きしめたまま、息を飲んだ。

 ……喰われる……!

 恐怖がサヨを貫いた。

 怖い。

 怖い!

 ……しかし。

 サヨは、もう、動けなかった。

 寒かった。

 母をこのままにして逃げられなかった。

 逃げても、帰る場所はなかった。

 ……ならば、いっそ。

 このまま、母と一緒に、鬼神に喰われても、仕方がない、と思った。

 ……自分は、多分。

 この怪物の元に、嫁に来たのだったから。