「朔…っ、朔、柚葉が…!」


「分かってる。ほら、少し落ち着いて」


過呼吸になって荒い息を上げている凶姫の背中を撫でてやった朔は、棒立ちのまま動かない輝夜の背中に一瞬目をやって凶姫に謝罪した。


「ごめん、また守れなかった」


「私は…私はいいの…!もし、もしあの子が私と同じ目に遭ったら…どうしたらいいの!?朔…!」


「輝夜は柚葉には加護があると言ってた。どういう意味かよく分からないけど、多分大丈夫だ。今から輝夜が助けに行くから…」


――輝夜は棒立ちのまま考えていた。

凶姫は、助かった。

凶姫がこれ以上の凶事に見舞われる未来は今のところ見えない。

だが柚葉はどうだろう?

唯一未来の見えない女――柚葉は万が一自分が失態を犯してしまったならば、どうなるのだろう?


「私が…助けに行かなければ」


それは使命感と似ていた。

今まで自分の意思でもって行動でもって積極的に未来に介入したことはなく、またそれは許されないものだと思っていた。


天の上からは、常に自分の行いが見られている。

試されているのだ。


この無限にも近い力を行使してしまえば、恐らく罰が下る。

今まで人々を救済して、その度に色鮮やかになってゆく身に宿る鬼灯は――青い実に戻ってしまうかもしれない。

そうなれば、またいちからやり直し。

どれほどの時をかけて実の色を濃くしてきたか――どれほど出会いと別れを繰り返してせつない思いをしてきたか…それをまた最初からやり直さなければならない。


「でも…大切だ、と思える」


それは、はじめて抱く感情だったかもしれない。

それは、自分に欠けているものの名前かもしれない。


「兄さん…私があの男を殺してもいいですか?」


「…ああ、お前の思うようにしてこい」


「ありがとうございます。兄さん、行ってきます」


目に青白い炎が燈る。


はじめて感情的に動いた瞬間だった。