そんな、ある日の夜。後片付けを終え、濡れた手を拭きながらふと見ると。なぜか真次くんが正座をして、深刻な面持ちでこちらをじっと見ていた。

「え、なに?」

 首を傾げると、表情を変えないまま手招きする。素直にそれに従い、彼に倣って正座をした。
 が。話は切り出されない。いつまで待っても切り出されない。

「……ええと、真次くん?」
「……」
「……何事?」
「……、……」

 何か言いたいことがあるのは分かる。すう、と息を吸っては、はあ、と吐きを繰り返し、視線をふわふわとさ迷わせる。その目は瞳孔が開いていて、心なしか頬も赤い。そんな頬ですうはあはすはす繰り返しているから、はたから見たら不審者っぽい。

「真次くん……」
 もう十分経つよ、足が痺れてきたよ、と言いかけたところでようやく「あ、」と真次くんが発言した。

「あ?」
「け、っ」
「け?」
「……っ、……っ、……、……」
「……」

 救急車とまではいかなくても、共通の友人だとか、彼の店の店長さんを呼んで、診てもらったほうがいいだろうか。
 こんなにすうはあはすはすされたら、こっちまで呼吸がおかしくなりそうだ。はすはす。

「あ、あの……さ、け、けけ……っ、」
「毛?」
「けけっ、けこっ……」
「……」

 ああ、そうか、分かった。彼が言いたいことが。彼がどうして瞳孔を開いて、頬を赤くし、すうはあはすはすと奇妙な呼吸をしているのか。女の勘は鋭いと言うけれど、これじゃあ誰だって分かるだろうけど……。