「んん…。あれ、俺寝てた?」


肩が痛くなったのだろうか。大きな左手を右肩に乗せて、軽く腕を回しながら、その綺麗な目はわたしを見つけてくれた。


「凰香(おうか)ちゃん、おつかれ」

「お疲れ様です。今日も爆睡でしたね」

「んん…。昨日も研究室に泊まり込みだったから…ネミィ」

「眠いのはいつもじゃないですか」


しんとした控え室に響くのは、わたしと加野せんぱいの声だけ。毎週月曜日と木曜日と土曜日、時間はいつも3時頃。
ここの塾に通う、小学生たちが来る前の時間のほんのひととき。


「いつになったら睡眠欲が満たされるのかね、俺は」


ふわわ、と、大きな欠伸をして見せるのは、加野 朔太朗(かの さくたろう)せんぱい。わたしと同じ大学のせんぱいだ。

加野せんぱいは、薬学部の4年生。将来は薬剤師になるんだって。わたしは、教育学部に通う2年生。小学校の先生になりたくて、この学部に入った。

わたしと加野せんぱいは、ここの塾で塾の講師としてアルバイトしている。中高生の塾に比べて、小学生だから予習もそんなに苦じゃない。残業時間も少ないってことから、ここにした。

…わたしは、将来のためってこともあるけど。


加野せんぱいは、バイト前はいつもこの控え室で眠っている。よく分からないけど、薬学部のレポートや実験がものすごく大変らしく、あまり眠れてないらしい。

そして、それを起こすのが、いつの間にかわたしの毎回の習慣になっていた。