・・・
次のバイトの日、いつものように午後の3時に準備室へ向かうと、そこにはうつ伏せになって、スマホを持ったまま眠っている加野せんぱいがいた。
あの日、少しだけ気まずい空気になってしまったから、今日来るのは少し勇気が必要だったけど、仕事なのだからそうも言ってられない。
加野せんぱいとは連絡先は交換してるけど、連絡を取り合うこともないし。大学で会うこともないし。
…バイト先でのこの時間が、いちばん近くにいられる時間。
「…加野せんぱい。加野さん」
長い睫毛。ふわふわの髪。整っている寝顔。
今日もひどく疲れきっているから、やっぱり心配になってしまう。
「…今日は、どんな夢見てますか」
楽しい夢だといい。いつもいつも、疲れている分、夢の中では楽しんでくれているといい。
でも、やっぱり望んでしまうよ。わたしが夢の中で繋がれたらどんなにしあわせだろうって。
スマホを握りしめている手は大きい。身体つきは華奢なのに、手だけ見ると、やっぱりせんぱいも男の人。
あまりスマホを触っているところも見ないのに、今日は握りしめたまま寝ているのだから、なんだか面白かった。
「…せんぱい」
少しだけ幼くなった寝顔に話しかける。
ここは、わたしたち2人だけの空間。今だけは、わたしたちの時間。
誰も邪魔なんかしない。加野せんぱいと、わたしの2人だけ。
「———…せんぱい、すき」
…だから、せんぱいだけに届けばいい。せんぱいの気持ちにだけ、触れてくれればいい。
でも、きっとせんぱいは、わたしと違う夢を見ているから。
この声もきっと、届かない。