「…それって、もしかして、“ きみかさん ” って、人ですか…?」


何度か、加野せんぱいが電話に出ているのを見た。名前を呼んでいるのを聞いた。

ずっとそれが心に引っかかっていたけれど、せんぱいの気持ちに触れてしまうかもしれないから、こわくてできなかった。


…でも、やっぱり、知りたい。



「あー、確か、そんな名前だった気がする」

「———…」


…でも。

知ったからって、どうなるんだろう。

せんぱいが、昔から大切にしていた幼馴染のことを知って。

わたしは、どうするんだろう。どうしたいんだろう。


だって別に、加野せんぱいの彼女だって確定したわけじゃない。幼馴染だ。幼馴染だから、“ 大切にしていた ” のかもしれないし。


まだ、分からないじゃないか。



「…確かに、加野せんぱいはすごく大切にしてます。“ きみかさん ” のこと」



…でも、分かってしまった。感じてしまった。

初めて、せんぱいが “ きみかさん ” と電話をしているのを見た時から。


話している表情がやさしかった。
話している声がやさしかった。
何もかもが、空気までもが、やさしかった。


あんなの、“ 特別 ” だと思っていなければ、できない。


好きとか、恋人だとか、そういうのをなくしても、きっとあの人は加野せんぱいにとっても、大切な人。


離れてても、どんなに疲れていても、加野せんぱいが大切にしたいと思っている人なんだ。