「…まぁいいよ。とりあえず真大は知る限りいい奴だから安心して。今日はアイツに送ってもらえるみたいだし。よかったね」
「———…」
——“ よかったね ”
…うん。よかった。たまたま結の家も近くで、そこに真大さんが行く用事があるからたまたま送ってもらえる。
1人で帰るのも心細かったし、加野せんぱいもこの後大学に行くって言ってるから、迷惑もかけない。
…だから、“ よかった ” んだけど。
「…加野せんぱい、」
「なに?早く書き終わらないと、真大帰っちゃうよ」
「…」
なんとなく、いつもより少しだけ、冷たく言い放ったような加野せんぱいの言葉が、いつまでも心に引っかかった。
…加野せんぱいは、いつもやさしい。どんな時だってやさしい。今まで、どんな失敗をしても、怒られたことなんて一度だってなかった。
むしろ、笑顔で励ましてくれることが多かったから、加野せんぱいのこんな顔を見ると、声を聞くと、少しだけこわくなってくる。
「…はい、すみません」
…たまに見せる、せんぱいの “ 影 ” の部分。
近寄れない、触れさせてくれない、そんなバリアが見える瞬間が、たまにある。
だから、わたしはせんぱいに、聞きたいこともこわくて聞けないのかもしれない。
なんとなく、わたしが今見ているせんぱいが、せんぱいの全てではないような気がしていたから。



