「迅……それはどういうことなの?」
「さあ、俺もよくわかんねーの。でも、とにかく日中は仮の身体で生きてて、夜になるとそれがふにゃふにゃに融けちゃうって感じかな。いつまでこの状態なんだろうって思いつつ、ここにいるのもなんだし東京に戻ることにしたんだ。昼間は国道を黙々と歩いて、夜になって透けてきたら、トラックの荷台なんかに紛れ込ませてもらってさ。幸い、飲まず食わずでも問題ないし、四日かけてここまできたんだよ」

迅は少し考える風に顔を上向かせて、それから私に向き直る。

「たぶん、この状態って長くは続かないと思うんだよな。俺、日頃の行い良過ぎだから、神様か誰かが気ぃ利かせてくれたんだろ。大事な人とさよならする時間を……的な?」
「それなら、伯父さんと伯母さんと聖に会いに行きなよ」

なんの根拠か知らないけれど、時間がそんなにないなら、一刻も早く会いにいくべきだ。私のところで居候している場合じゃない。

「わかってないなぁ、マナカ。神様もわかってない。俺は親父にもお袋にも別れを告げる気はないんだよ。もちろん、聖にもな」

迅は言葉を切って、自分の透けたてのひらを見つめる。左手首に私があの日持たせた真新しいミサンガが巻きついているのが見えた。赤いミサンガも頼りなく透けている。

「警察官になったときから、人より死に近いことは覚悟の上。職務上命を落したなら仕方ないだろ。それにさ、もう散々泣いただろうお袋をもう一回泣かせたくないよな。マナカんとこに泊めてほしいのはそういう理由」

迅は最後の挨拶より、家族を再び失う悲しみから救いたいのだ。それはすごく迅らしい考え方だった。
そうか、ここにいるのは間違いなく迅本人なのだ。仮の身体の、魂は本物の迅なのだ。

「マナカはごめんな。俺ともう一回バイバイするとき、わんわん泣いちゃうもんなぁ」
「ちょっとうぬぼれないで。そんなに泣きません」

普通に答えながら、私はこの奇妙な現実を受け入れつつある自分に驚いた。柔軟な思考とは言い難い私だけど、目の前には失ったはずの大好きな人がいて、彼は最後の最後に頼る相手として私を選んだ。それは嬉しいに決まってる。
だけど、迅はやはり死んでしまった。その事実はこうしてはっきりした。目の前、随分透けてふにゃふにゃになった迅は生きているとは言い難いもの。