「……俺、お前の元父親のことは一生許せないから、お前のこと恨んでるのも本当」
「うん……」
「でも、母が命を絶った理由は、きっとお前の元父親のせいだけじゃないって、今なら少し分かる」
 気づいてあげられなかった家族にも問題があったんだと、吉木は力なく呟いた。私は首を大きく横に振ることしかできなかった。吉木の手がわずかに震えていることに気づいて、胸の奥がぎゅっと苦しくなった。

「お前の気持ちなんか知ろうともせずに会いに行ったのに、想像してたよりずっとお前は能力と葛藤してたし、ずっと俺の言葉に苦しんでた……」
「吉木……」
「お前が、過去を忘れてめちゃくちゃ幸せだったら恨めたのに、それかお前が、人の痛みを知ろうともしないめちゃくちゃ性格の悪いやつだったらっ……」

 そこまで言いかけて、吉木は私の後頭部に手を回して、自分の胸に押し当てた。あの日、プールサイドで自分の泣いた過去を見せたときのように。それから、今にも擦り切れそうな声で謝ったんだ。

「ごめん、もう、泣いていいんだ。お前も俺も、泣いて、笑って、泣いて、そうして、どうしようもない波のような毎日を生きていかなきゃいけない……」

 その言葉を聞いて、今までどこか彷徨っていた自分の心が、痛みとともに、しっかりと胸の中にあることを実感した。私の心は、意志は、この胸の中にある。生きていく。この痛みと共に、生きていくんだ。
 できればそばに、君がいてくれたら心強い。でもそんなことは口が裂けても言えない。私は私の中に、この気持ちを大事に閉じ込めて歩んでいく。もう十分だ。もう十分過ぎるほどの力を貰った。

 人は、誰かの心の痛みに触れて初めて変われるのかもしれない。
 どんなに怖くても、逃げたくなっても、向き合ったその先に愛があると、信じてもいいだろうか。その希望に縋ってもいいだろうか。

「……正直、憎むべき存在だったお前が、自分の中で、優しい存在に変わっていくのに耐えられなかったから、学校を辞めた。今まで、憎しみで自分を支えきたから、どうやって生きていったらいいのか急に分からなくなった。お前を許すことは、母への裏切りのように感じて……」
 初めて聞く吉木の本音に、胸が締め付けられる。今までの葛藤がどんなに彼を追い詰めたいたのかが、震えた声に滲み出ていく。