「詩春、移動教室一緒に行こう」
「詩春、聞いてよ昨日彼氏と喧嘩してさ」
私の名前を呼んでくれる。それだけで居場所ができた気がしたんだ。
だから、この子達が泣いているときは、助けて上げたいと思った。私にとって大切な人だったから、話だけでも聞いてあげたいと思った。
その気持ちは嘘じゃないんだよ。初めてこの能力を持っていてよかったと思えたんだ。


高校時代の記憶が、芋づる形式で次々と溢れ出てしまった。今目の前に、私のことをまっすぐ見つめてくれている沙子が、確かに存在している。本当だ、沙子の言う通りだ。

「詩春、大丈夫……?」
「ごめん、なんか色々思い出しちゃって」
人は今を生きてる時しか、生きてることを実感できないんだ。変えることのできない過去の中で生きていた私は、死んでいたも同然だったのかもしれない。

勝手な自己嫌悪で、二度と戻れない思い出を塗り替えるところだった。
勝手な自己嫌悪で、大切な友達を手放すところだった。
勝手な自己嫌悪でーー……。
そこまで考えたとき、ふと誰かの声が頭の中に降って来た。それは、あの日冷え切ったプールで聞いた声だった。

『確かめたいことが、あったんだ。俺は……』

あの時私は、正に自分への嫌悪で頭がいっぱいだった。もしかしたら私は、大切な言葉を聞き流してしまったのかもしれない。あの言葉の続きを聞いてあげることができなかった。

私はどうしていつも、自分のことを傷つける言葉ばかり頭の中に残してしまうんだろう。
あの時君が残した言葉の中に、どれだけの悲しみと苦しみが混じっていたのだと言うのだろう。
どうしていつも、その時気づいてあげられないんだ。