千の春






岬はわからない。
ただでさえ人間同士の恋だってわからないのに。
ピアノのことばっかり考えて生きてきたのに。
神様の気持ちなんてわからない。
春の日に、逃げるように消えてしまった神様の気持ちなんて。

愛や恋なんて、岬は未だ分からない。

けれど、連弾くらいだったら、やってあげてもいいかもしれない。
ピアノだったら、付き合ってやろう。

キラキラと反射する雪を見て、岬は息を一つ。


「考えておく」


日向は岬の言葉に笑顔を残して、一瞬のうちに消えた。

残された岬も、踵を返し、雪を踏みしめ歩いていく。
今日は少し遠回りして帰ろう。

確かな重さで、雪を踏みしめる。

私は生きている。
雪を踏みしめられる。
ピアノも弾ける。
春になれば、桜も見れる。
これからも、ずっと、そうやって生きていくのだ。

選ばれなかったからなんだ。
才能がないからなんだ。

私は愛された。
そして、これからどこへだって行ける。

顔を上げた。
重苦しい空とは対照的に、岬は何かから解放された気分で、全力疾走したいくらいには、気分が良かった。





神さまは、岬を連れて行けなかった。