千の春






「妙音さまが好きになるなんて、どんな子かと思った。わけわかんない子だったらどうしようかと思ったけど、普通の子で安心した」

「それ褒めてる?」

「どうだろう」


ポツポツと降っていた雪が止んできた。


「岬は、才能がないって言われても、ピアノを弾きつづけるんでしょ」

「うん」

「自分が納得するまで、続けるよね、きっと」

「うん」

「聞く人が、誰もいなくなっても、理想の演奏に向かって弾き続ける」

「うん」


岬がよどみなく頷けば、日向は満足そうな顔で笑った。

多分、そういうとこが好きになったんだよ、妙音さまは。
そう言って、日向は背を向ける。

雪が積もった道を、音もなく日向は遠ざかっていく。
足を動かしていないのに、だんだんと離れていく姿。


「きっと君が死んだら、あの世とこの世の境目まで妙音さまが迎えにくるよ」


その時は、アイネクライネナハトムジークでも、なんでも、連弾くらい付き合ってあげてよ。

日向は顔だけ振り返ってそう言った。