「ね、シュティーナ。俺は結婚したら、スヴォルベリに行ってきみと暮らすよ。それでもいいだろうか」

「もちろん。陛下の許しが出て、あなたが良いなら」

「俺は、そうしたい」

 大好きなあの土地で、サネムと暮らす。想像しただけで胸が高鳴る。

 とりあえず、一気に家族が増えることは決まっている。オス猫が2匹。シュティーナは、2匹の食事のことを考えていた。自分の手から食べてくれるだろうか。急には無理だろうから、ゆっくり仲良くなって行かなくちゃいけない。


「スヴォルベリ領内で、どこに住むの?」

「もちろん、スーザントで海の近くだ」

「じゃあ、サネムの家でいいじゃない」

 我ながら名案で、すぐにでもふたりになれると思ったシュティーナだった。けれど、サネムはちょっと考えて「ううん」と唸った。

「まさか。伯爵令嬢を迎えるような家じゃないよ。小さいし」

「王子様が住んでいたところでしょう? だったら平気」

 立派でなくてもいい。家は裕福であるが、堅実な親のもと、贅沢しなくても心豊かに暮らしてきた。

「ま、手を加えたり、増築すればいいか」

 サネムはそう言って、シュティーナの額にキスをした。

「スヴォルベリの隠れた名産がまだあるかもしれない。一緒に、領土を見て回ろう。きみの父上にも聞かなくては」

「勉強熱心ね、本当に」

「イエーオリ殿も、一緒に仕事をしてくれると心強い」

 シュティーナは、ふたりが真面目な顔で仕事の話をすることを想像して、ワクワクした。

「イエーオリは、もうひとりの父親みたいな存在なの。こんなふうに家族が関係していくって素敵」

「そうだな」

「侍女のリンは、姉妹みたいにして育ったの」

「イエーオリ殿やリン殿は、きみをとても慈しんでいることが分かるよ。もちろん、きみのお父様や兄上もだろう」



 サネムは、シュティーナの額にかかる髪を指でよけ、そこへ口づけた。シュティーナもずっと触れていたいと思うから、そうされて嬉しく思う。愛おしいと、思う。

「愛されることを知っているきみと一緒にいると、俺も愛の喜びをもっと貰えると思う」

 初めて屋敷を抜け出したときのことを思い出していた。悪いことだったかもしれない。みんなにたくさん迷惑をかけてしまったけれど、だからこそ、幸せにならないといけないと思った。

 スーザントで、サムとして生きていたサネムに会わなければ、いまの自分は無かった。

「サネムのこと、大好き」

 サネムは、朝の光で煌めく瞳でシュティーナを見つめる。

「わたしの思いを、受け止めてね」

 そう言って、微笑んでみせた。青空色の瞳も、微笑んでくれる。
 もう、絵じゃないし、想像でもない。手の届かないものでもない。自分のことを愛してくれる、愛おしいひと。

「きみの笑顔はひとを幸せにして、俺を、強くする」

 朝日はふたりを照らして、柔らかく包み込んでいる。

 頬にサネムの温かい手が触れる。そこから、幸せが入ってきて、シュティーナの心は満たされていくのだった。

 温かくて、切ない。大事にしたい。涙が、じんわりと出てくる。


「笑って、シュティーナ」

愛おしいひとが、愛をくれる。それはきっと、奇跡。病めるときも、健やかなるときも、死がふたりを分かつまで。青空色の瞳に映った自分は、きっと、ずっと、幸せそうに笑っているだろう。


 
 了