そのとき、低く声が響いた。怒りに震える声が。
「……ざけてる」
「え?」
「ふざけないでよー!!」
突然立ち上がり、サネムに向かって叫んだのはシュティーナだった。
「自分勝手に家出して2年近く行方不明、その間、結婚は保留で自宅待機。花嫁自宅待機ってなによ。なにそれ食べもの? 放置された花嫁なんてチーズもかかってないしスーザントの塩の旨味も抜けるわよ」
唇を震わせて、一気に捲し立てた。
「シュ、シュティーナ! お前なにを言っているのか」
父が止めようとするが勢いは止まらない。震えながらサネムを見る目には涙が溢れた。
「それは、……本当に……謝る。ごめん、シュティーナ」
サネムは驚いた様子でシュティーナを落ち着かせようと肩を抱く。怒っているのに、その腕が嬉しくて、シュティーナは暴言を吐いている口と心と体がめちゃくちゃになっているのを感じた。
(触れられて嬉しくて)
「挙げ句、なに? 港町で料理人をやっていたとか! なんなの! わたしが一目惚れしたひとが放置したその張本人だなんて!」
(怒りたいのに、もっと)
シュティーナは、抱かれながらサネムの胸に数発こぶしを当てる。
「あなたを、諦めて……嫁ぐつもりだったのに。あなたのことしか考えられないままで」
「シュティーナ……」
「あなたが、サネム王子だったの」
「俺を、嫌いになった?」
シュティーナは返事をせず、首を横に振る。
「身分を隠してあの町にいたから……嘘をついていて悪かった」
「わたし、混乱しているの。だからうまく言えないかもしれない」
「うん」
サネムは頷いて、シュティーナの頬を撫でた。
「サネム王子を恨んでいたの。わたしをほったからして、家出だなんて。結婚が嫌だったから家出をしたんだろうなって」
恨んだ。自分が我慢していた時間を返してと。どうしていなくなってしまったのと。毎日、毎日、考えていた。
「思い出さない日は無かったと思う。どういう人なのか想像して、恨んでいると言いつつも意識をして、恋に恋していたんだと思うの」
シュティーナは必死に思いを伝えた。サネムは、こぼれ落ちるシュティーナの涙を指で拭った。
「そして、サムというひとに会って、本当に恋をしたの。それが、あなただった。わけが分からないけれど、恨んでいたあなただったなんて」
自分で言っていて、シュティーナも混乱してきた。
「なんていうか、混乱しているけれど、終点があなただったみたい」
「俺も、きみに出会えてなかったら、こうしてここへ帰ることも無かったと思う。気持ちも運命も変わっていたのかもしれない」
サネムはシュティーナを再び引き寄せて抱きしめる。
「出会ったのが、好きになったのが、シュティーナ。きみで良かった」
シュティーナはその言葉を心に刻むようにしてうっとり聞いた。
静まりかえった室内。もう誰も、ふたりの邪魔はできない。と、思ったのだが。
「うおっほぉん……」
その時、小さく咳払いをしたのはシュティーナの父。近寄って「陛下の前だぞ、離れなさい」とシュティーナに小声で伝える。シュティーナはサネムから離れようとしたが、腰をがっちり抱かれているために動けない。
よく考えたらまわりにひとがいるわけで、そう思ったらシュティーナは恥ずかしさで顔から火を噴きそうだった。
「ご、ごめんなさい、お父様」
「彼だったのか? その、港町で逢い引きしてたっていうのは」
「あ、あい……あ?」
シュティーナはイエーオリを振り返る。笑顔で首を傾げている。
(イエーオリったら、お父様にどんな風に言ったのかしら)
「逢い引きだなんて、違います」
「いいから……あとでに、しなさい」
(ごめんなさい、お父様。あとでもなにも、事前に途中まで……ちょっと、してしまいました……)
サネムと『白銀亭』で過ごした夜のことを思い出し、シュティーナはまた顔を赤くした。