ここはさっきまで夕食の席だったのに、どうしてこんな話をしているのだろう。シュティーナは、まるで理解できなかった。

「父上。割って入ることをお許しください」

 イングヴァル王子が声を上げた。

「なんだ」

「サネムの意見を聞く前に、俺の考えも聞いてくれると嬉しい。」

 言ってみろというようにカールフェルト王が手を振った。

「シュティーナ殿との結婚を申し出たのは、スヴォルベリを利用した軍事事業を考えたからです」

「な……」

 イングヴァル王子の言葉を聞いて、シュティーナは驚き思わず声を漏らす。軍事事業とはどういうことか。

「スヴォルベリ領は、前は海、後ろは山です。その地形は天然の要塞であると考えます。簡単に攻め入られない。だからこそ昔からあそこは守られ穏やかに発展してこられたのです。しかし、技術が進めばそうはいくまい。現に、領地を狙われる不穏な動きがあるのは父上も伯爵もご存じでしょう。俺の考えは、他国に荒らされるまえに、騎士団の拠点を置くことにし、スーザントは軍用基地とする。港に武器工場と戦艦工場を建設したい」

(そんな……)

 シュティーナは、思わずドレスを握りしめてしまった。自分が大変な役目を背負って嫁ぐのだと理解した。賑やかで活気あふれるあの町を作り変えてしまうというのか。

「兄上、ずいぶん乱暴ですね」

「そうか? 改革とは、ときに乱暴でなくてはいけないと思うのだが」

「それでは町で暴動が起きてもおかしくないですよ」

 サネムは柔らかく微笑んだ。それは、嫌味の微笑みではなく真面目な議論をする姿勢だ。サネムは、きちんと王である父と、兄に敬意を払っている。そのうえで、自分の考えを伝えようとしている。シュティーナには分かった。

「サネム。お前の考えを聞こう」

 カールフェルト王が促す。サネムは、すっと息を吸ってから話し出す。

「天然の要塞で攻められにくいことを利点とするならば、王都ドルゲンに集中している重要組織を移転させ、騎士団の拠点を置くことで守りを強固にする。そして、守りながら観光と物産、豊かな自然と資源を守り発展させるのです」

 ふむ、とカールフェルト王が唸った。

「戦闘技術の発展でいつか攻められるかもしれない、それならば国内の戦力と防衛を固めたいのは分かります。しかし、それだけでは国の発展は望めないと思います」

 シュティーナは、サネムの考えが国も領土も守られていくことだと感じた。思わず胸の前で指を組んで祈ってしまう。

「俺は、国を戦いではなく豊かな心で満たしたい。もっと、国とひとを豊かにしたい。豊かにするとは金銭的にもですが、心をも豊かにしたいのです」

 そう言い切る横顔は、国を背負う王子の気品と心強さを纏っていた。

「父上と兄上の、国の助けになるために働くのが、俺の役目だ」

 言い終わって、サネムはシュティーナの髪を撫でた。

「そして、俺は彼女……シュティーナと、スヴォルベリで暮らしたい」

「おい。彼女は俺と結婚するのだぞ」

「まさか。渡しません」

「家出してまわりに迷惑かけておいて、よくそんなことが言えるなぁ、お前」

 イングヴァル王子は溜息をついた。

「だから、申し訳ないと思っている。みんなに……これから俺は……」