サネムは悲しい思い出を振り切るかのように目線を上げる。

「戦いより違うことで国に役立てないかと思って、俺は、もっと勉強をしたかったんだ。食に関することに興味があったし」

「勤勉なのは母親の血だな。彼女はお前たちに手作りのスープや焼き菓子を与えていたから」

「そうですね。記憶にあるのは温かい食事でした」

 思い出すようにサネムは目を細めた。たしかに、そういったことを言っていたと思う。王妃の心を受け継いだのだろう。

「お前が出て行ったのは、結婚がいやだったからだと思っていたぞ。裕福なスヴォルベリ伯爵令嬢との政略結婚が」

 ため息をつきながらイングヴァル王子が言う。サネムは困った顔をして口を開く。

「それは……なんていうか、ちょうど思いつめていた時期で……結婚のことは、相手が誰なのか話を真面目に聞いていなかったんだ」

「なんてヤツ。肖像画もまともに見ていなかったそうだな」

 肖像画と聞くと、シュティーナは穴があったら入りたかった。とっくに暖炉の灰と化しているのだから。

(なんて間の悪さが重なったのだろうか)

 シュティーナは眉間に皺を寄せてため息をつく。


「そもそもこんな騒動になったのは、お前が行方をくらますからだろうが」

「兄上……ごめん」

「謝るのは俺じゃない。もっと頭を下げないといけない相手がいるだろう」

 イングヴァル王子はサネムの肩をポンと叩いた。そしてシュティーナを見る。シュティーナは俯いてしまう。

「本当だ。シュティーナ……すまなかった。一生かけて、幸せにするから」

 サネムはシュティーナの手を取りキスをする。

「ちょ、あの、ええと」

 カールフェルト王も父も、自分の子供達になにが起きているのか理解不能のようだ。それはシュティーナも同じなのだが。

「おい待て。誰の了承を得てそんな話をしているんだ。そもそもなんでここがこうなっているんだ」

イングヴァル王子も同じ。シュティーナとサネムの交互に見て目を丸くする。

「だって、シュティーナはもともと俺の相手だよ、兄上」

「調子いいこと言うな。わけがわかないんだよ。ちゃんと説明しろ」

 呆れたように手を挙げるイングヴァル王子だった。

 サネムは、王宮を飛び出したあと、手持ちの資金が尽きてしまい、たまたまスーザントに入った。そして町を気に入り、お金を稼ぐために料理人として働くことにしたこと、そしてシュティーナと出会ったこと、一目ぼれだったことを話した。

「……で、行方不明の婚約者に嫉妬していたら、それが自分だったってわけか」

「そう」

 こんなことがあるのだろうか。シュティーナはめまいを起こしそうだった。父は驚いて口を開けっぱなしにしている。状況を飲み込めるのはもう少ししてからかもしれない。

「サネム。行方知れずのあいだ、心配したんだぞ。第二王子という立場で、直接この国を治めていく立場とはならなくともだ。大事な息子、王妃の忘れ形見だ」

「……父上」

 さらに、カールフェルト王が続ける。

「サネム。お前が家を飛びだしてまで勉強をしにいって、それで、デザイド王国にどう役立てるつもりなのだ。お前はこの国の王子なのだぞ」

「分かっています。捨てられない」

 サネムは深く頷く。