「王妃は、息子達が小さいときに亡くなったから、シュティーナ殿とイングヴァルは境遇が似ているな」

「そうですね」

 カールフェルト王の言葉に父が返事をする。そのとき、料理が運ばれてきた。

(境遇が似ているなら、サムだって)

 シュティーナは頭を振って目を閉じた。どうしても考えてしまう。けれど、それも自分の中で落ち着けて完結させていかなければ……心静かに、ここで生きていかないと。

 ぷんと鼻をくすぐるいい匂いがする。肉の焼ける匂いと一緒にチーズの溶ける匂い。シュティーナは目を開けた。皿に乗った焼いた鮭は肉厚だった。別な器にはスープには同じく鮭、色鮮やかな野菜が沈んでいる。

 豚肉の薄切りに、チーズがかかっている。これはスヴォルベリ羊チーズ。隣には、こぶし大の丸パン。そして、真ん中には、串肉。

(どうして、思い出すものばかり出てくるの……)

 リンと屋敷を抜け出した。スーザントの町へ向かった。『青葉の祭り』で盛り上がる華やかな広場を見たかったの。あのとき転びそうになって、助けて貰ったの。青空色の瞳をした優しいひとに。そのひとが作った料理はお腹も心もいっぱいにしてくれたの。

「……サ、ム」

 我慢ができなくて、誰にも聞こえないよう、溜息の中で名前を口にしたら、握った手の甲にポツポツと涙が落ちた。それに気付いたイングヴァル王子が声をかけてくれる。

「……どうしましたか、シュティーナ殿」

「す、すみません。なんでも、ありません」

 どう見ても情緒不安定だ。いまは旅の疲れと、結婚前の微妙な花嫁の心理だなどとごまかせるかもしれないけれど。

 シュティーナはそっと涙を拭った。

「公式な発表はまだだが、イングヴァルとシュティーナ殿の結婚式はなるべく早いほうがいいだろう」

「そうですね。長い間、待たせてしまったわけだから。俺もすぐにもシュティーナ殿と一緒に……」

 そのとき、背後でドアが開く音がして、まわりに控えた給仕がざわついた。そして、カールフェルト王とイングヴァル王子が驚いて息を飲んだことが分かる。

(どう、したのかな)


「その話、ちょっと待っていただけませんか」

 声。シュティーナはまるで雷に打たれたような衝撃を受けた。息が止まる。

(嘘。そんな、まさか)

 ゆっくり振り返る。青空色の瞳と目が合う。背が高く茶色い髪を一本にした、彼が立っていた。

「どうして、どうしてここへ……」

 シュティーナは弾かれたように立ち上がった。その拍子に椅子が倒れてけたたましい音を立て床に転がった。

「サ……」

「サネム!」

 そう叫んだのは、カールフェルト王だった。イングヴァル王子も驚いて口を押さえている。なにが起こったのかシュティーナは理解できなかった。

「お前、やっと帰ってきたのか!」

「え? え?」

(いま、なんと)

 サムは歩いてシュティーナの後ろに立った。彼女の肩に手をかける。

(夢じゃない。本物だ)

 触れられたことで急激に現実感を持った。足元がふわついてまわりに霧がかかったようだったのに、ぱっと晴れたようになった。

「シュティーナ。きみに黙っていたことがある」

見上げたサムの顔はとても真剣だった。

「俺の本当の名前は……サネム。サネム・カールフェルトだ」

「……な、ん」

(なんですって。どういうことなの、これは)

 サネム・カールフェルト。

 それは、デザイド王国カールフェルト王の第二王子の名前。イングヴァル王子の弟。シュティーナの、結婚する予定だった、2年前から行方不明のひとの名前だ。