(緊張して、なんだか正確な判断力を失っている気がする)

ふうと大きく溜息をついたシュティーナだった。

心の準備もなにもない。シュティーナの意志と関係なく、物事は進む。これは仕方のないことだし、従うしかなかった。

「シュティーナ様。顔色が悪いですが、具合が悪いのですか?」

イエーオリが心配そうに聞いてくる。

「ごめんなさいね。みんなに心配をかけているね。なんでもないのよ、大丈夫。緊張状態が続いて……」

そう話すうち、さきほど通された部屋に戻ってきた。リンが勢いよく立ち上がる。

「お嬢様ぁ!」

「どうしたの、リン」

「もうわたし、心配で、心配で……泣いていませんか? なにもされませんでしたか? いやなこと、言われませんでしたか?」

リンこそ泣きそうだった。

「なに言っているの。陛下もイングヴァル殿下も優しくお声をかけてくださったわ。どうしてそんな顔をしているのよ」

「だって」

イエーオリもリンも心配して、悲しそうな顔をする。お父様も、きっと屋敷で待っているお兄様もそうなのだと思う。

自分がしっかりしないといけないのだとシュティーナはあらためて思った。お腹に力を入れて、笑顔で「大丈夫」と言った。

「心配しなくても、わたしは大丈夫」

安心させたくて、シュティーナはそう自分にも言い聞かせた。



それから、部屋で荷物を片付け、本を読んだ。時間はすぐに経過してしまい、夕食へ案内すると使いの者が部屋に来た。

先程、カールフェルト王とイングヴァル王子に会った部屋とは別に、食事をする部屋に通される。屋敷は大きく広く、迷ってしまいそう。でも、このまま話が進めば間違いなくここ王宮で生活するわけだから、覚えていかなくてはならない。

(王宮内で迷って遭難とかしたくない)

シュティーナは首を振った。

(さっきから思考ばっかり。気持ちが暗くなる。お腹が空いているからかな)

控えの部屋に戻ってきてから、少々ほっとしたからか、空腹を覚えていたのだった。

(お父様はスヴォルベリの羊チーズを持ってきたっていっていたから、どう料理されて出てくるのかな)

そう思うと心がほこほこと温かくなってくる。食べて元気を出そう。みんなに心配ばかりかけてはいけない。しっかりしなくちゃ。シュティーナはそう思った。

夕食の部屋の前まで来ると、いい匂いがしてくる。同時にお腹がギュウと鳴った。

イエーオリがその音に気づいて、ふっと笑顔になる。

(や、やだ。恥ずかしい)

「美味しい料理だと思いますよ」

「う、うん」

 顔を真っ赤にしたまま部屋へと入った。

 カールフェルト王とイングヴァル王子は既に着席していて、父もいた。シュティーナが最後だったようだ。

「遅くなってしまい、申し訳ございません」

「堅苦しくしなくてもよい」

 せっかく心が解れていたのに、糸がピンと張るみたいに緊張が復活してきてしまった。ギクシャクと手足を動かして着席する。粗相のないようにしないと……そう思うと余計に手が震えてしまう。

「父上が怖い顔をするからでしょう」

「なんだ、イングヴァル。わしの顔が怖いというのか」

「だってこの間、親戚のところで生まれた赤ん坊を抱いたとき、泣きやまなかったじゃないか」

 イングヴァル王子にそう言われて、カールフェルト王が眉根を下げて情けない顔になった。

(こういうところを見ると、王族といっても普通の親子なんだな)
 
緊張しつつも、王と王子の会話の普通さに少しだけほっとしたシュティーナは口元をほころばせた。

「やっと、笑った」

 イングヴァルがシュティーナに声をかける。

「す、すみません……イングヴァル殿下」

「なにも。さぁ。食事で緊張を解してください」

「はい」

青い目で微笑まれると、やっぱり緊張してしまう。
このひとと、結婚するのか。好きになれるのだろうか。

(好きに……ならなければ……)

そう思えば思うほど、サムの顔が思い出される。青空色の目と名前を呼ぶ声。