そのとき、スーザントの時計台の鐘が鳴り響いた。サムの口づけを受けていたシュティーナは諦めとともに目を開けた。はだけた胸と露になった下半身を隠すようにした。

「もう、行かなくては」

「シュティーナ」

「鐘が鳴るまでの約束なの」

 乱れてしまったと思う髪を撫でつける。ここには鏡が無い。

「わたしが、今日ここへきたこと、あなたを受け入れたことは自分で決めたこと。あなたはなにも悪くない。この思い出だけ持って、王国に嫁ぎます」

(残酷かもしれないけれど、いまわたしはこれしか言えない)

 ドレスを整えて、床に足を着く。立ち上がるとサムの手が腰に回された。足の間が温かくて湿っていることを気付かれたくなくて、後ろを向いてドアに手をかけた。

「わたしは、思い出があれば、きっと大丈夫」

「好きだ。シュティーナ」

 先程も聞いた言葉。シュティーナは大事に刻むように目を閉じる。サムは後ろからきつく抱きしめてくる。甘い吐息、声、たくましい胸。

「わたしは、あなたが好き。だから、忘れて」


 太股を、トロリと自分の体液が伝っていくのが分かった。気持ちだけここに残して去りたい。甘い空気も、残り香も、すべて持って行くのだ。


 一緒に過ごした時間が、前に進む勇気をくれるはず。『青葉の祭り』が巡ってくるたびに思い出すだろう。シュティーナは顔を上げてドアを開け外へ出た。

 月明かりはシュティーナの金色の髪を照らす。先程まで賑やかだったのにいまは静まりかえっていて、もう顔を隠す必要も無い。サムは追っては来ない。彼は分かっているはずだから。

 イエーオリが待つ馬車が、少し離れた場所に停まっていた。そこへ駆け寄る。すると、あろうことか馬車の影からイエーオリとともに姿を現した人物がいた。

「お、お父様……」

 父が眉間にしわを寄せ厳しい表情で立っていた。シュティーナが乗ってきた馬車の奥にもう1台の馬車が停車していたのだ。

 シュティーナは驚いて口元を抑える。そして、いま自分がしてきたことを思い出して、咄嗟に髪を触ってしまう。顔が一気に赤くなるのを感じた。シュティーナは下を向き父のそばまで行く。

(きっと叱られる。殴られるかもしれない)

「あの……」

「なにも、言うな」

 父はシュティーナを馬車へ乗り込ませると、早々に出発させた。

(お父様、イエーオリから聞いているに違いないよね)

 なにも言うなと言ったのは、そういうことだとシュティーナは思った。