触れたかった。触れられたかった。だから、連絡も無しにいきなり来たのに手放しで迎えてくれて嬉しかった。ふたりで、こんなふうに過ごしたかった。
「もっと早くに、出会いたかった」
思わず、そう言ってしまう。もっとずっと前に出会っていたなら、こんな風にコソコソすることも無かったかもしれないのに。
「あなたに、数回しか会っていないのに、こんなに会いたいと思うのはどうしてでしょう。あなたが作るものを食べたかったし、思い出すと涎が先に出てくるの。」
「胃袋を掴んだのかな」
「食いしん坊みたいで恥ずかしいけれど」
顔を赤くするシュティーナの頬を指で撫で、サムは静かに言った。
「俺はね。きみを一目見たときから、恋に落ちていたよ」
「本当、に……?」
「好きだ、シュティーナ」
恋。躊躇せずそう口にするサムの目は真っ直ぐで嘘が無いように感じた。心の底は喜びで震えるのに、蓋をしないといけない運命だ。分かっているのに、気持ちを抑えられない。いまは、無理だった。
「食事ができないほどに落ち込んでいたのはどうして?」
(ちゃんと言わなきゃ。黙っていなくなるわけにはいかない)
ひとつ呼吸をして、シュティーナは口を開く。時々、外からひとの笑い声が聞こえたりしていたが、それがかえって自分たちを隠してくれているような気さえしていた。
「正式に、結婚が決まったの。もうすぐ……王都ドルゲンへ出発します」
静かにそう告げると、サムの顔から笑顔が消えていく。
「なんだって、そんな急に」
「内定が正式に決まって、しかも相手が変わってしまったの」
「どうしてそんなことになるんだ」
家のための結婚だ。途中で相手が変わることがあるのは不思議なことではなかった。シュティーナの歳で既に結婚していてもおかしくない。
「伯爵家に生まれて、運命は覚悟していたことなの」
「王都って……きみの、結婚相手は、誰なんだ」
サムは王都ドルゲンの生まれだ。だから、知らないはずがない。それもシュティーナの胸を痛めることになる。
「最初の相手は、デザイド王国のサネム王子、だったわ」
サムの青空色の瞳が見開かれる。
「そして、今回正式に決まったのは……兄のイングヴァル王子よ」
「なん、だって」
唇を震わせてそうつぶやくサム。大変な衝撃を受けていることは見れば分かった。
サムは、悲しそうにシュティーナを見つめていた。
「だから、行く前にあなたに会いたくて、わたし」
シュティーナがそう言うと、サムは後頭部に手をやって優しく引き寄せた。あごの下でサムの体温を感じる。しばらく言葉もなくふたりでそうして呼吸を合わせていると、シュティーナはざわつく気持ちが静かになった。部屋の窓に引かれたカーテンの隙間から月が見えた。
「俺以外のものになる前に、きみに触れたい」
シュティーナは返事のかわりに、サムの胸のあたりに手を当てた。服の布を通して、体温が伝わってくる。恥ずかしくて、チラチラとした顔を見ることができないでいるのが、勿体ない気持ちがして、シュティーナはきちんとサムを見た。柔らかな栗色の髪と、青空と夜空のような瞳が自分を見ている。
「あなたの青空色の瞳は……薄暗い部屋だと夜空の色になるのね」
「きみという月が浮かんでいるだろう」
「恋愛物語の本で読んだような台詞ね、それ」
「どうして笑うんだ」
「だって……」
サムが口を尖らせた。
(怒らせてしまったかな。雰囲気に慣れていないから……なんて言ったらいいのか分からない)
「もっと早くに、出会いたかった」
思わず、そう言ってしまう。もっとずっと前に出会っていたなら、こんな風にコソコソすることも無かったかもしれないのに。
「あなたに、数回しか会っていないのに、こんなに会いたいと思うのはどうしてでしょう。あなたが作るものを食べたかったし、思い出すと涎が先に出てくるの。」
「胃袋を掴んだのかな」
「食いしん坊みたいで恥ずかしいけれど」
顔を赤くするシュティーナの頬を指で撫で、サムは静かに言った。
「俺はね。きみを一目見たときから、恋に落ちていたよ」
「本当、に……?」
「好きだ、シュティーナ」
恋。躊躇せずそう口にするサムの目は真っ直ぐで嘘が無いように感じた。心の底は喜びで震えるのに、蓋をしないといけない運命だ。分かっているのに、気持ちを抑えられない。いまは、無理だった。
「食事ができないほどに落ち込んでいたのはどうして?」
(ちゃんと言わなきゃ。黙っていなくなるわけにはいかない)
ひとつ呼吸をして、シュティーナは口を開く。時々、外からひとの笑い声が聞こえたりしていたが、それがかえって自分たちを隠してくれているような気さえしていた。
「正式に、結婚が決まったの。もうすぐ……王都ドルゲンへ出発します」
静かにそう告げると、サムの顔から笑顔が消えていく。
「なんだって、そんな急に」
「内定が正式に決まって、しかも相手が変わってしまったの」
「どうしてそんなことになるんだ」
家のための結婚だ。途中で相手が変わることがあるのは不思議なことではなかった。シュティーナの歳で既に結婚していてもおかしくない。
「伯爵家に生まれて、運命は覚悟していたことなの」
「王都って……きみの、結婚相手は、誰なんだ」
サムは王都ドルゲンの生まれだ。だから、知らないはずがない。それもシュティーナの胸を痛めることになる。
「最初の相手は、デザイド王国のサネム王子、だったわ」
サムの青空色の瞳が見開かれる。
「そして、今回正式に決まったのは……兄のイングヴァル王子よ」
「なん、だって」
唇を震わせてそうつぶやくサム。大変な衝撃を受けていることは見れば分かった。
サムは、悲しそうにシュティーナを見つめていた。
「だから、行く前にあなたに会いたくて、わたし」
シュティーナがそう言うと、サムは後頭部に手をやって優しく引き寄せた。あごの下でサムの体温を感じる。しばらく言葉もなくふたりでそうして呼吸を合わせていると、シュティーナはざわつく気持ちが静かになった。部屋の窓に引かれたカーテンの隙間から月が見えた。
「俺以外のものになる前に、きみに触れたい」
シュティーナは返事のかわりに、サムの胸のあたりに手を当てた。服の布を通して、体温が伝わってくる。恥ずかしくて、チラチラとした顔を見ることができないでいるのが、勿体ない気持ちがして、シュティーナはきちんとサムを見た。柔らかな栗色の髪と、青空と夜空のような瞳が自分を見ている。
「あなたの青空色の瞳は……薄暗い部屋だと夜空の色になるのね」
「きみという月が浮かんでいるだろう」
「恋愛物語の本で読んだような台詞ね、それ」
「どうして笑うんだ」
「だって……」
サムが口を尖らせた。
(怒らせてしまったかな。雰囲気に慣れていないから……なんて言ったらいいのか分からない)