「サム……!」
一瞬、目を細めたサムは、シュティーナを認めるとランプを置き、走ってくるシュティーナに両手を広げた。
「シュティーナじゃないか! また脱走してきたのか?」
「あ、あの、わたし、わたし」
シュティーナはサムの大きな腕に抱き留められ、足が浮いた。
数週間ぶりにサムを見て、シュティーナは嬉しくて胸が高鳴った。同時に、切なくもなってしまう。
「中にお入り。ちょうどいま店を閉めたところだ」
サムはドアを開けてシュティーナを中に招き入れた。
「休憩する部屋なんだ。あまり広くはないところだけれど、座って。いま飲み物を用意するよ」
たしかに自分たちが暮らす屋敷と比べるとあまり広くはなかったけれど綺麗にしてあることは見て取れた。簡素なソファーにクッションがいくつか敷かれていて、座り心地は悪くなかった。
「忙しかったの?」
「祭りの期間中だからね。すこし前まで酔っぱらいが居座っていたんだが、追い出してやったよ」
「危ない目に遭わなかった?」
「大丈夫だよ。それに、それはこっちの台詞だよ。さ、どうぞ」
「ありがとう。喉が渇いていたの」
シュティーナは、出されたお茶を口にした。ほうと溜息が漏れる。屋敷に居ればとっくに眠っている時間だった。それなのに父や兄に黙って外出して、こんなことをしているなんて、自分でも信じられなかった。
隣に、サムが座った。きゅっと鳴ったのはソファーか自分の胸か。サムは、シュティーナの頭からスカーフを外し、髪の毛を指で梳いた。シュティーナの鼓動は跳ね上がる。
「どうして、こんな時間に、そんな姿で来たの?」
サムに問われて、シュティーナは自分がリンの服を借りて来たということを思い出した。
「こ、これは」
リンのものだったから少々大きくて、若い娘が着るような華やかさを控えた装飾だった。リンだってまだ若いのだけれど。
本当はもっと華やかで明るく、着飾ってサムに会いたかったシュティーナだった。
「落ち着いた雰囲気でいいと思うよ。髪飾りも、とても似合っている。きみはきっとなんでも似合うね」
お世辞を言っているのだろうということは分かっているけれど、お気に入りの髪飾りを褒められたのは嬉しかった。これだけは、譲れない乙女心だった。
「あの、差し入れをありがとう。あれで元気が出ました」
「イエーオリ殿が心配していた様子でね、店で大きなひとりごとを言っていったんだ」
「イエーオリったら。最近はひとりごとが多いの。ここに来るっていうこともひとりごとだったの」
「なるほど。内緒で連れてきてくれたんだね。きみのその格好は、いつかの侍女のものだろう」
「どうして分かったの?」
「ちょっと大きいようだしね……」
サムはドレスの袖からちょこんと出たシュティーナの指をつついた。サムは「そうだ」と言ってそっと立ち上がる。
「ちょっと待っていて」
彼は奥へと姿を消したがほどなくして戻ってきた。手になにかを持っている。
「これ、きみが落としていったスカーフだよ」
「拾ってくれていたのね。ありがとう」
「二度と会えないと思っていた。だから、なんだかこんなものでもきみと繋がっている気がして……ずっと持っていようと思っていたんだ」
サムの言葉が嬉しくて、シュティーナは胸が熱くなる。通じ合う喜びとはこういうことなのか。誰かを胸に思うとは、こんなに尊いことなのかと思う。
「あとでお父様たちに怒られるのが分かっていても、わたしはあなたに会いたかった」
「無理して、会いに来てくれたのか」
シュティーナは頷いた。
「わたし……あなたに」
そこまで言ったシュティーナの唇に、サムの指が触れた。続きの言葉は、その指で摘まれたように吐息となった。
(そんなに真っ直ぐに……見ないで欲しい)
シュティーナは、サムの視線が恥ずかしくて睫毛を下げた。すると、サムの指が顔を上向かせた。
「シュティーナ、会いたかった」
そう言ったかと思うと、サムの顔が近付いて、ちゅっという音を立ててシュティーナの唇を啄んだ。
「この間みたいに、抵抗、しないの」
「し、しない……」
シュティーナの鼓動は暴れてしまって、壊れるんじゃないかと思った。
一瞬、目を細めたサムは、シュティーナを認めるとランプを置き、走ってくるシュティーナに両手を広げた。
「シュティーナじゃないか! また脱走してきたのか?」
「あ、あの、わたし、わたし」
シュティーナはサムの大きな腕に抱き留められ、足が浮いた。
数週間ぶりにサムを見て、シュティーナは嬉しくて胸が高鳴った。同時に、切なくもなってしまう。
「中にお入り。ちょうどいま店を閉めたところだ」
サムはドアを開けてシュティーナを中に招き入れた。
「休憩する部屋なんだ。あまり広くはないところだけれど、座って。いま飲み物を用意するよ」
たしかに自分たちが暮らす屋敷と比べるとあまり広くはなかったけれど綺麗にしてあることは見て取れた。簡素なソファーにクッションがいくつか敷かれていて、座り心地は悪くなかった。
「忙しかったの?」
「祭りの期間中だからね。すこし前まで酔っぱらいが居座っていたんだが、追い出してやったよ」
「危ない目に遭わなかった?」
「大丈夫だよ。それに、それはこっちの台詞だよ。さ、どうぞ」
「ありがとう。喉が渇いていたの」
シュティーナは、出されたお茶を口にした。ほうと溜息が漏れる。屋敷に居ればとっくに眠っている時間だった。それなのに父や兄に黙って外出して、こんなことをしているなんて、自分でも信じられなかった。
隣に、サムが座った。きゅっと鳴ったのはソファーか自分の胸か。サムは、シュティーナの頭からスカーフを外し、髪の毛を指で梳いた。シュティーナの鼓動は跳ね上がる。
「どうして、こんな時間に、そんな姿で来たの?」
サムに問われて、シュティーナは自分がリンの服を借りて来たということを思い出した。
「こ、これは」
リンのものだったから少々大きくて、若い娘が着るような華やかさを控えた装飾だった。リンだってまだ若いのだけれど。
本当はもっと華やかで明るく、着飾ってサムに会いたかったシュティーナだった。
「落ち着いた雰囲気でいいと思うよ。髪飾りも、とても似合っている。きみはきっとなんでも似合うね」
お世辞を言っているのだろうということは分かっているけれど、お気に入りの髪飾りを褒められたのは嬉しかった。これだけは、譲れない乙女心だった。
「あの、差し入れをありがとう。あれで元気が出ました」
「イエーオリ殿が心配していた様子でね、店で大きなひとりごとを言っていったんだ」
「イエーオリったら。最近はひとりごとが多いの。ここに来るっていうこともひとりごとだったの」
「なるほど。内緒で連れてきてくれたんだね。きみのその格好は、いつかの侍女のものだろう」
「どうして分かったの?」
「ちょっと大きいようだしね……」
サムはドレスの袖からちょこんと出たシュティーナの指をつついた。サムは「そうだ」と言ってそっと立ち上がる。
「ちょっと待っていて」
彼は奥へと姿を消したがほどなくして戻ってきた。手になにかを持っている。
「これ、きみが落としていったスカーフだよ」
「拾ってくれていたのね。ありがとう」
「二度と会えないと思っていた。だから、なんだかこんなものでもきみと繋がっている気がして……ずっと持っていようと思っていたんだ」
サムの言葉が嬉しくて、シュティーナは胸が熱くなる。通じ合う喜びとはこういうことなのか。誰かを胸に思うとは、こんなに尊いことなのかと思う。
「あとでお父様たちに怒られるのが分かっていても、わたしはあなたに会いたかった」
「無理して、会いに来てくれたのか」
シュティーナは頷いた。
「わたし……あなたに」
そこまで言ったシュティーナの唇に、サムの指が触れた。続きの言葉は、その指で摘まれたように吐息となった。
(そんなに真っ直ぐに……見ないで欲しい)
シュティーナは、サムの視線が恥ずかしくて睫毛を下げた。すると、サムの指が顔を上向かせた。
「シュティーナ、会いたかった」
そう言ったかと思うと、サムの顔が近付いて、ちゅっという音を立ててシュティーナの唇を啄んだ。
「この間みたいに、抵抗、しないの」
「し、しない……」
シュティーナの鼓動は暴れてしまって、壊れるんじゃないかと思った。