「シュティーナ様。イエーオリ様は、『青葉の祭り』の夜の部を見学、視察に。伯爵様の許可も取っています。御者も数人伴います。それに同行するのは、リンです」

 シュティーナに手渡した着替えは、リンのものだった。

「ええと、いちばん上等なものを選んだつもりです。外出なので前掛けはいらないと思いますし、上にレースの上着を羽織ってスカーフを巻けば見栄えはなんとか。シュティーナ様のドレスには適いませんけれど……あ、寸法が合わないかもしれませんが、その、わたし、太って……」

「リン。ありがとう」

 一生懸命、着替えの説明をするリンの手を抱きしめた。シュティーナは泣きそうになってしまう。
 ふたりはひとりで行くなと、何度も言っていた。そういうことなのか。

「一緒に、行ってくれるの?」

 イエーオリは静かに頷いた。

「さ、お早く」

 リンに手伝ってもらい、急いで着替えをした。いちばんお気に入りの花細工と赤い石の髪飾りをひとつだけつけ、リンが用意してくれた深紅のスカーフを頭からかぶってぐるりと顔に巻いた。この色なら闇に隠れよう。

「リンに見えるかしら」

 ふふっと笑うリンは、額にかかった髪を指で除けてくれた。イエーオリは「参りましょう」と促した。

「リン殿はここへ残り、部屋に鍵を」

「承知しました」

「夜明け前に、暗いうちに戻るようにしましょう。お父様たちが起きてきたら大変だから」

 シュティーナの言葉を聞いて、イエーオリは頷いた。
 部屋から、イエーオリ、リンの服を着たシュティーナが音もなく出る。リンはドアを静かに閉めると、施錠した。

「スーザントへ。伯爵様は休まれているから音を立てるな。静かに」

 屋敷の外に出るとイエーオリは御者たちにそう伝え、馬車へシュティーナを先に乗せてから自分も乗り込んだ。
馬が嘶いた。その瞬間、心臓が縮む思いだった。しかしゆっくり馬車は走り出し、屋敷の門を抜け出た。闇夜を滑るように走る馬車。中ではシュティーナとイエーオリは言葉を交わさなかった。


 スーザントの町が見えてくる。広場に近づくにつれ灯りが見えてくる。祭りの期間中はやはり遅くまで賑やかなのだろう。

「店の裏側に停めます。離れたところから歩くとなると夜なので危険ですし」

「わかりました。イエーオリの言うとおりにします」

 時間は限られているのだから、言うとおりにしたほうがいい。勝手な行動に出てせっかくのこの機会を台無しにしたくない。

「あっ」

 細い道にさしかかったとき、建物のドアからランプを持った男性が出てきた。シュティーナは、サムだと分かった。ここが店の裏側なのだろうか。

(サム、サムだわ)

 いますぐにでも駆け出して行きたい。

「なんとタイミングが良いな」

 イエーオリがひとりごとのようにそう言う。「停めて」と御者に声をかけると、馬車はゆっくり停車した。すこし先に居るサムは、馬車が停車したことに気付き、こちらを向く。

「よろしいですか。夜明け前に1度スーザント時計台の鐘が鳴るでしょう。その時までです」

「わかったわ」

「わたくしは、ここに待機しています」

 シュティーナはイエーオリを抱きしめた。そしてすぐに馬車を降りた。広場の反対側になるので薄暗く、ひともまばらだったが、サムが持つランプを目印に駆けだした。