「そうです。ましてや夜中になぞ危険極まりない。絶対に、ひとりでは、だめです」

「そうですよ、シュティーナ様。ひとりでは、だめですからね。リンもひとりで脱走することには反対です」

 イエーオリとリンは、含みのある言い方をするから、シュティーナは首を傾げた。

(ふたりとも。ど、どういうこと?)

「わたくしは自分の部屋で仕事をします。ご用があればお呼びください」

 静かに腰を折り、イエーオリは部屋を出ていった。静かになった部屋で、リンがスカートの裾を捌く音が不思議と安心を運んでくる。

(お腹がいっぱいになったからか、少し、眠い)

 シュティーナは、黙って片付けをするリンの背中を見つめた。ふうと小さく溜息をつく。少しずつ増してくる眠気に、読もうと思っていた本を静かに閉じた。

「リン、わたし、少し休むわね」

「眠れそうですか?」

「分からないけれど、手を握っていてくれる?」

「もちろんです」

 シュティーナは寝室へ移動し、寝具へ横になる。リンがそばへ来て、手を取ってくれた。シュティーナの心は不安と悲しみの中にあったけれど、リンとイエーオリの温かさが心のよりどころとなっているのを感じる。

(お父様もお兄様も、わたしを大切にしてくれている。このひとたちを、わたしのわがままで苦しめるわけにはいかない)

 胸の痛みに手を当てる。自分の運命と心は別のものだ。

「あの、シュティーナ様。スカーフをどこかへやりましたか?」

「ああ、そうなの……」

「ひとりでは、取りに行かないでくださいね」

 リンはシュティーナの手をポンポンと叩いて、含み笑いをした。

「リン……」

「リンは、シュティーナ様と一緒ですからね」

(苦しめるわけには、いかない。けれど……)

「ひとめだけでも、会いたい」

 口走ったひとりごとは空中に浮かぶ。

「いまは、ゆっくりお休みくださいませ……」
 
 リンの声は子守歌みたいで、あんなに眠れなかったのに、シュティーナは不思議と、すっと眠りに落ちていった。