イエーオリの深い愛情に満ちた目は、多くは語らなくてもひとの痛みを知っているからなのだとシュティーナは思う。シュティーナの体に寄り添い背中をさするリンが鼻を啜った。

「おいたわしい。シュティーナ様がこのように泣いて、やつれて……わたしはシュティーナ様の笑顔が好きなのに」

「リン殿まで泣いてどうするのです。しっかりなさい。さ、シュティーナ様。少しでもいいから食事をしましょう。体を壊してしまいます」

 イエーオリは「少しお待ちください」と、いちど部屋を出てすぐに篭を持って戻ってきた。

「こ、これ」

 シュティーナは篭にかぶせてある布を見て声を弾ませた。布は、サムの店のテーブルクロスだ。店名の刺繍が施してある。それに指を這わせると『白銀亭』の景色が思い出された。

「サム……」

 クロスを取ると、中にはチーズと薄く切って焼いた肉を挟んだこぶし大の丸パンと、瓶に入った葡萄酒。サムと一緒にお茶を飲んだ時に食べた焼き菓子も数枚入っていた。

「美味しそうな匂い。このあいだ食べた羊のチーズを挟んであるのね、きっと」

「あれは美味しかったですね。わたくしまでお腹が空いてきました」

 イエーオリがふっと笑う。リンがグラスを持ってきて葡萄酒を注いでくれた。こちらもいい香りが立ち上る。シュティーナは丸パンを取ると、口に運んでひとくち囓った。

「お、美味しい……」

 涙が、ぽろりと零れた。

 シュティーナは丸パンをふたつ食べ、葡萄酒と焼き菓子を食べた。あれだけ喉を通らなかった食事をすると体が温まって、沈んでいた気持ちも少し回復した気がする。なにより、この料理はサムの手が生み出したものだと思うと、胸が熱くなった。

「シュティーナ様、召し上がったら、よく眠ってください。伯爵様には部屋でお休みだとわたくしからお伝えしておきます」

 イエーオリは立ち上がってシュティーナに微笑んだ。リンは隣に座って、肩をさすってくれている。その手の温かさは心まで温めてくれそうだった。

「イエーオリ、リン。わたし……」

 ふたりの顔を交互に見ながら、シュティーナは喉が詰まった。

「食べ物が引っかかったのですか?」

「違うってば。ふふ」

 イエーオリがからかうように言うので、シュティーナは思わず笑ってしまう。

「久しぶりに、シュティーナ様の笑顔が見られました。イエーオリは嬉しく思います」

 そう言われてシュティーナは、笑顔を崩さないようにしたかったけれど、なんだかいつもの笑い方ではないと気付いた。なにも知らず自分のことだけで楽しく笑って過ごしていた時間は、終わってしまったのかもしれない。

「心の整理がつかないかもしれません。でも、わたくしたちはシュティーナ様の味方です」

 イエーオリがそう言うと、リンも頷く。

「あの男に会いたいと思っても……夜中に、ひとりで脱走するようなことはなさらないでください。絶対に」

「わかって……います」

 そんなことがもう不可能であることは、いくらおてんばなシュティーナでも分かっている。もう二度と、スーザントに遊びに出かけたりはできない。

「もうすぐ、王都へ行くのね」

 リンは一緒だけれど、家族とイエーオリとは離れてしまう。シュティーナは、心の底から行きたくないと思っている。いままでは不確定で不安定な立場だったから、こんな風に思ったことは無かったのに。