鬱々とした気持ちで、王都へ行く日が近付いてくるのをじっと待つしか無かった。

 気付けばシュティーナは、部屋から1歩も出ること無く、少し眠ってはすぐに目覚めてしまい、段々と食事が減り、笑うこともしなくなった。

「シュティーナ様。お食事の準備が……」

 リンが声をかけ、振り向いたシュティーナの顔には表情が無かった。肌着の上に丈の長い薄手のガウンを羽織り、窓辺にある椅子に腰掛けてぼんやり外を見ていた。

「良い天気でございますね。さ、お食事の準備が整いました」

「いらないわ。食べたくない」

「では、お部屋にお持ちします」

「……いらない」

「少しでも召し上がらないと、お体に障ります」

「いらない」

「……お持ちしますね」

 力無く首をふるシュティーナの細い肩に、リンがそっと手を置く。部屋から出ようとしたとき、ドアがノックされた。

「シュティーナ様。イエーオリです」

「……どうぞ」

 シュティーナの小さな声はドアの向こうまではきっと届いていない。リンはそっとドアを開けた。リンはイエーオリと視線を合わせると、首を振った。イエーオリは部屋に入るとドアを閉める。

「おはようございます。シュティーナ様」

「おはよう」

 沈んだ表情で窓の外に視線を泳がせ、イエーオリの顔を見もしないシュティーナだった。

「シュティーナ様の食事を採りに行って参ります」

 リンがそう言って部屋を出ようとすると、イエーオリが呼び止めた。

「なぁ、リン殿。少し相談があるのだが、聞いてくれるか」

「なんでございましょう、イエーオリ様」

 イエーオリは窓辺にいるシュティーナをちらりと見てから、長い指でゆっくり眼鏡を直した。

「スヴォルベリ伯爵令嬢が何事か悩み落ち込み、食事も取らずにいることにわたくしは心底心配しているのだが、スーザントにある『白銀亭』なる店の料理人に相談したところ、その伯爵令嬢のためにぜひ料理をというので聞き入れ、今朝、届けさせたものがあるのですが、伯爵令嬢は召し上がるだろうか」

 シュティーナに聞こえるようにそう話すイエーオリ。シュティーナは驚いてリンとイエーオリを振り返る。

「イ、イエーオリ様」

「どうだろうか、リン殿」

「そ、そうですねっ。伺ってみましょう」

 リンがひっくり返った声で言った。シュティーナは思わず椅子から立ち上がったが、ふらりと足をもつれさせた。リンが駆け寄って支える。

「シュティーナ様! 大丈夫ですか?」

「ええ、平気よ……ごめんなさい。あの、サ……彼が、来たの?」

 シュティーナはイエーオリを見上げて言った。眼鏡の奥の優しい目が細められ、シュティーナはそれを見ただけで胸が痛くなった。

「いいえ。別の店員が来ました」

「そ、そう」

「お嬢様……どうなさったのです。どうして泣いているのですか」

 イエーオリはシュティーナの肩を支え、しゃくり上げるシュティーナと同じ目の高さになるように屈んだ。

「ご、ごめんなさい。これは、なんでもないの」

(ふたりにこんなに心配かけてしまって……)

 シュティーナはイエーオリとリンの悲しそうな顔を見て

「恋しい涙、ですね」

「どうして、そうだって分かるの」

「わたくしも、シュティーナ様より伊達に長く生きているわけではございません」

(イエーオリ……)