「母は、わたしが小さいころに亡くなっているけれど、再婚もせず変わらず母を思っています。わたしと兄も愛してくれています」
「そうなのですか。俺も母を亡くしています」
「同じですね……じゃあサムのお父様も立派だわ」
「あなたのお父様も素晴らしい」
「感謝しています。けれど……」
シュティーナは俯いた。
「その、わたし、結婚がいやで」
そう言うと、サムが「えっ」と呟いた。
「結婚相手が、いるのです」
「そ、そう」
「ところが……その相手、行方不明になってしまって」
シュティーナがそう言うと、サムは首を傾げた。
「どういうことだろうか。家出かな」
そう聞かれても、シュティーナは詳しく言いたくなかった。
(サムは王都ドルゲンの出身。もう余計なことを言わないようにしよう。第二王子が行方不明だということは民衆に伏せてあると聞いたし、王族の醜聞を触れ回るわけにもいかないもの)
シュティーナはきゅっとくちを結んだ。シュティーナの相手がデザイド王国の第二王子だとサムが知ったとして、王族を悪く思ってしまうかもしれない。サムを疑うわけではないけれど、どこで誰が聞き耳を立てているか分からないし、出所が自分だと判明したら、スヴォルベリ家にどう影響を及ぼすか分からない。
「そいつ、結婚が嫌で、家出したのかな」
「理由は分かりません。お会いしたことが無いので」
「会ったことがないということはよくあることだけれど、こんな美しいかたなら、喜ぶだろうに」
「そ、そんなことは無いと思いますが……お相手が、その、身分の高い方なのです」
「ほかに恋人でもいたのでは。そんなところでしょうきっと」
「そうなのでしょうか……」
「身分の高い者ならそういう可能性もあるでしょう。どうせ親が決めた家同士の結構なのだろうから、嫌で家出をしたんだ。想像がつく。まぁ、俺もひとのことは言えないけれど」
「ふふ。だって、サムは結婚が嫌で家を出たわけじゃないでしょう」
「家の者たちが水面下でなにかしている気配はあったけれど、興味が無かった」
「まぁ」
(じゃあ、彼は独身なのね。恋人もいないのかな)
シュティーナは安堵をしたもののなにをほっとしているのかと複雑な気持ちになった。指先を爪で引っ掻いて、痛みが走る。
「俺は、もっと外に出て世間を見て、料理の勉強をしたかったから」
横を向いたサムの青空色の瞳を、シュティーナはじっと見つめた。
「さっきイエーオリとの話で、町も民衆も潤うと言っていたけれど、料理は心も潤うと思います」
シュティーナの言葉に、サムは再び視線を戻す。空色の瞳が揺れた。
「わたしは、あなたの料理を食べると、その、心が潤います」
シュティーナは素直にそう思っていた。空色の瞳と、シュティーナの緑色の瞳が触れあう。
「ここで働くようになるまで、色々あったけれど」
サムは頬杖をつき、シュティーナをじっと見つめた。頬杖を解いて、テーブルの上にあるシュティーナの手に自分の手を重ねてきた。
「でも、こうしてあなたに出会えた。辛かった思いも消えそうだ」
「そ、そんな」
(この人はさっきからなにを言っているの)
シュティーナは慌てて手を引っ込める。そして、紅茶のカップを持って飲もうと思ったけれど、もう残っていなかった。サムがそれに気付く。
「シュティーナ。紅茶、もう1杯いかがでしょう。イエーオリ殿はまだ戻られないようだし」
サムは手を挙げ、店員を呼び紅茶を追加で持ってくるよう頼んでくれた。
「ありがとうございます」
「きみと、もっとこうして話をしていたいから」
また甘ったるい言葉をかけてくる。シュティーナはどうしていいのか分からず咳払いをした。
「焼き菓子が喉に引っかかった?」
「ち、違います」
「そう」
「は、話を戻しますがっ、とにかく、そういう理由で、わたしは自宅待機になっています。もう2年近く」
「待機なんて……とんだ扱いだな」
「準備をしていたのに……馬鹿馬鹿しいから、だから、だからね。もう、楽しく過ごそうと思って」
シュティーナは背筋を伸ばして、決意をあらためて心に刻んだ。
「そうなのですか。俺も母を亡くしています」
「同じですね……じゃあサムのお父様も立派だわ」
「あなたのお父様も素晴らしい」
「感謝しています。けれど……」
シュティーナは俯いた。
「その、わたし、結婚がいやで」
そう言うと、サムが「えっ」と呟いた。
「結婚相手が、いるのです」
「そ、そう」
「ところが……その相手、行方不明になってしまって」
シュティーナがそう言うと、サムは首を傾げた。
「どういうことだろうか。家出かな」
そう聞かれても、シュティーナは詳しく言いたくなかった。
(サムは王都ドルゲンの出身。もう余計なことを言わないようにしよう。第二王子が行方不明だということは民衆に伏せてあると聞いたし、王族の醜聞を触れ回るわけにもいかないもの)
シュティーナはきゅっとくちを結んだ。シュティーナの相手がデザイド王国の第二王子だとサムが知ったとして、王族を悪く思ってしまうかもしれない。サムを疑うわけではないけれど、どこで誰が聞き耳を立てているか分からないし、出所が自分だと判明したら、スヴォルベリ家にどう影響を及ぼすか分からない。
「そいつ、結婚が嫌で、家出したのかな」
「理由は分かりません。お会いしたことが無いので」
「会ったことがないということはよくあることだけれど、こんな美しいかたなら、喜ぶだろうに」
「そ、そんなことは無いと思いますが……お相手が、その、身分の高い方なのです」
「ほかに恋人でもいたのでは。そんなところでしょうきっと」
「そうなのでしょうか……」
「身分の高い者ならそういう可能性もあるでしょう。どうせ親が決めた家同士の結構なのだろうから、嫌で家出をしたんだ。想像がつく。まぁ、俺もひとのことは言えないけれど」
「ふふ。だって、サムは結婚が嫌で家を出たわけじゃないでしょう」
「家の者たちが水面下でなにかしている気配はあったけれど、興味が無かった」
「まぁ」
(じゃあ、彼は独身なのね。恋人もいないのかな)
シュティーナは安堵をしたもののなにをほっとしているのかと複雑な気持ちになった。指先を爪で引っ掻いて、痛みが走る。
「俺は、もっと外に出て世間を見て、料理の勉強をしたかったから」
横を向いたサムの青空色の瞳を、シュティーナはじっと見つめた。
「さっきイエーオリとの話で、町も民衆も潤うと言っていたけれど、料理は心も潤うと思います」
シュティーナの言葉に、サムは再び視線を戻す。空色の瞳が揺れた。
「わたしは、あなたの料理を食べると、その、心が潤います」
シュティーナは素直にそう思っていた。空色の瞳と、シュティーナの緑色の瞳が触れあう。
「ここで働くようになるまで、色々あったけれど」
サムは頬杖をつき、シュティーナをじっと見つめた。頬杖を解いて、テーブルの上にあるシュティーナの手に自分の手を重ねてきた。
「でも、こうしてあなたに出会えた。辛かった思いも消えそうだ」
「そ、そんな」
(この人はさっきからなにを言っているの)
シュティーナは慌てて手を引っ込める。そして、紅茶のカップを持って飲もうと思ったけれど、もう残っていなかった。サムがそれに気付く。
「シュティーナ。紅茶、もう1杯いかがでしょう。イエーオリ殿はまだ戻られないようだし」
サムは手を挙げ、店員を呼び紅茶を追加で持ってくるよう頼んでくれた。
「ありがとうございます」
「きみと、もっとこうして話をしていたいから」
また甘ったるい言葉をかけてくる。シュティーナはどうしていいのか分からず咳払いをした。
「焼き菓子が喉に引っかかった?」
「ち、違います」
「そう」
「は、話を戻しますがっ、とにかく、そういう理由で、わたしは自宅待機になっています。もう2年近く」
「待機なんて……とんだ扱いだな」
「準備をしていたのに……馬鹿馬鹿しいから、だから、だからね。もう、楽しく過ごそうと思って」
シュティーナは背筋を伸ばして、決意をあらためて心に刻んだ。



