サムは自分の紅茶をひとくち飲んでまた微笑む。

「先日いらしたとき、店にあなたを知る貴族がいたようで、店員が聞かれたそうです」

「そ、そうですか……」

祭りの前後や期間中は、いろいろな土地からひとがこの町に入ってくる。顔見知りの貴族もいたのかもしれない。

「前回は侍女と顔を隠すようにしてお出かけ、今回は家令と。御者もつけずに」

「あ、ええと」

「なんだかワケアリな外出なのでしょうけれど」

「ば、馬車を待たせてあります」

まるでおかしな返答をしてしまう。リンや屋敷のひとたちをまいて脱走してきたとは言えない。

「ああ、誤解しないでください。別に問い詰めようとしているわけではありません。こうしてまた会えて、嬉しいですし」

サムはシュティーナに微笑んだ。

「お父様に内緒で、来てしまいました。お祭りを見たくて……本当は、外出自体お父様と一緒じゃないとだめだと言われているのだけれど」

サムは驚いてから、目を細めた。

「とんだおてんばですね」

ふふふとサムが笑う。シュティーナは恥ずかしくてうつむいてしまった。屋敷を抜け出して来たことを自ら告白してしまった。

(サム様に呆れられたわ、きっと。でも、隠していても仕方ないことだし)

「あなたは面白いひとですね。美しいだけではなく、楽しい。飾らないところがとても魅力的です。シュティーナ様」

穏やかな笑顔を向けられる。

「……シュティーナと、呼んでくださってけっこうです」

「では、シュティーナ。焼き菓子も如何ですか?」

サムは、店員が持ってきた皿に乗った焼き菓子を差し出した。シュティーナは頷いて、顔を真っ赤にしながら差し出された焼き菓子を齧った。

「あ……サム様は、スーザントの生まれなの?」

シュティーナは話題を変えようと思った。

「わたしの、俺のことも、サムと」

「……では、サム」

「俺は、王都ドルゲンの出身です」

サムは、前に垂れるひとつに括った淡い栗色の長い髪をうしろに移した。その手で紅茶のカップを持ち、口を付ける。

「俺も、シュティーナのことを言える立場ではないのです」

「どういう事?」

サムは頭を掻いた。

「家を飛び出した身なので」

「まぁ」

「うちは代々、戦好きというか、そういうのがいやで。父のあとは兄が継ぐけれど、まぁ、俺もそのうち戻らないといけないのだろうな」

「期限付きなの?」

「そういうわけではないけれど、スーザントにいることはきっと分かっているはず」

「あら。じゃあどこにも逃げられないじゃないですか」

「その通り」

おどけた様子で両手を挙げるサムが面白くて、シュティーナは吹き出した。

「戦いが受け継がれた血を、嫌だとは思うけれど……」

そう言うと、サムは瞳に影を落とした。シュティーナにはそれが気になった。

「この国は戦いの歴史が色濃いもの……きっと、ご先祖が戦って守ってこられたのですね」

守るには戦わねばならない時もある。しかし、彼の心を思うと、シュティーナの胸が少し痛んだ。

「ところで、シュティーナのご両親は厳しいのですか? スヴォルベリ伯爵は娘を家から出したくないのかな」
サムは話題の方向を変えたいようだった。瞳にあった影は無くなり、優しい視線をシュティーナへ送る。

「いいえ。心配性というか……わたしがその、心配ばかりかけるから」

「おてんばだから」

「そう、ですね」

ふたりは笑った。言い香りの紅茶と、甘い焼き菓子。そして、目の前にサムが居る。シュティーナは、心が温かくなるのを感じた。