「わたしは、いままでがんばったわ。スヴォルベリの何に恥じないよう勉強と礼儀と……。いつまで待てばいい? 自分の気持ちに正直に行動したいの。美味しいものを食べて楽しいことをしたいの」

 シュティーナにとって、がんばりは我慢だった。魔法の物語を読みたいのを我慢し、歴史の本を読んだ。自由に出かけることを我慢し、父たちの土産話を楽しみに屋敷で待った。着飾って町へ遊びに行きたいのに、窓から見える海辺を歩くことを想像して楽しんだ。

 ふうと、シュティーナはため息をつく。
 
 今日もとてもいい天気になった。青空が高く、風も穏やか。『青葉の祭り』初日に相応しいとシュティーナは思った。

「無茶は……なさらないでくださいね」

 イエーオリは馬車の外に目をやるシュティーナの横顔に向かってそっと声をかけた。

 馬車はしばらく走ると、停車した。シュティーナはイエーオリの手を取り降り立った。シュティーナは水色のスカーフで口元を隠した。やはり人出が多く、お祭りの雰囲気が色濃かった。それを目にしてシュティーナの胸は高鳴る。
 日差しのまぶしさに、イエーオリも額の上に手を翳す。

「広場へ行きましょう」

「シュティーナ様、そう急がずとも」

シュティーナはイエーオリを急かすようにして、歩き出した。

 広場は多くの人で賑わっていた。噴水や建物の壁、店の看板が花や色の布などで飾りつけられ、華やかさが増していた。
 リンと出かけた時に寄った露店がまたあったので、そこで立ち止まる。

「ここで、リンと焼き菓子を食べたの。これ、とても美味しかったわよ。甘くてサクサクしていて」

「本当に、美味しそうです」

「イエーオリも甘いもの好きだものね」


イエーオリが嬉しそうにしているのを見てシュティーナは微笑んだ。イエーオリにとっては、町にあるものは珍しくはないのだろうけれど。

「あ、見て。あれはなに?」

 広場の奥に、舞台が設置されており、着飾った男性が芸を披露していた。複数のカラフルな球を頭上に投げ次々に受けて、そしてまた投げてを繰り返していた。ひときわ高く投げて落とさず受け取ったので、大きな歓声が上がった。

「大道芸人ですね。あんなに球をたくさん放り投げてよく落とさないものです」

「本当。まるで糸で繋がっているみたい」

「お嬢様が小さいころ、あんな風に球を投げると大変喜んでくださったので、イエーオリは練習したことがございますよ」

「そうだったの?」

 思い出そうとして、シュティーナは首を傾げた。そして曖昧に微笑んだ。

(どうしよう。思い出せない)

 シュティーナの様子を見たイエーオリが、申し訳なさそうに微笑む。

「とても小さいころですので、無理もありません」

「ありがとう。イエーオリ」

 イエーオリの優しさに、シュティーナはあらためて感謝した。

 視線を舞台に戻す。大道芸人の芸に拍手喝采が送られ、シュティーナも手を叩いた。舞台での出し物は交代制らしく、次は若い女性で、どうやら歌手のようだ。華やかなドレスで美しい伸びやかな声が広場に広がる。

「素敵ねぇ」


見とれていると、ふいに、シュティーナの頭上になにかが舞った。香りと共に花びらが舞い落ちてくる。

「きゃっ……!」

「何者だ!」

「待って、花びら……」

「シュティーナ様、大丈夫ですか?!」

 イエーオリがシュティーナを庇い、声を荒げた。