さまよう爪

「げほっ」唐突に言うと、彼がカクテルにむせた。

「……いきなりだね、きみも」

「元、ですけどね。彼、わたしと別れたその日に告白したらしいんです。結婚してくださいって。交際ゼロ日ですよ」

連絡は以前からちょくちょく取り合っていたみたいだが。

「堀北真希と山本耕史みたいだね」

直人が好きになった子はわたしの仕事上の後輩だった。

直人だってウチと仕事をしているから彼女の存在、わたしとの関係は知っていたはずだ。

彼女はかわいい子。とても。

鳥の囀り、なんて良く言ったと思うが、まさしくそんな声を持つ新卒で入った彼女はまだ20歳そこそこだ。くるくると良く働き、愛らしい笑顔でみんなに可愛がられている。

その上名前が「愛流(あいる)」ちゃんというのだから、神様の愛は均等に配られてなんかいないんじゃ無いかと思ってしまう。

「一般人でいきなり結婚申し込まれてOKするってなかなかないと思うんですけど、その子には夢があって……」

「夢?」

彼女は言った、

『あたしヴァージンロードを綺麗な身体で通るのが夢だったんです!』

婚前交渉がほぼ当たり前の世の中に彼女はその夢を叶えたのだ。あっぱれ。

わたしが直人さんと付き合っていたことは会社の人間は誰も知らないはずだ。

クライアントと制作者という関係で付き合って小言を言われたり仕事に支障をきたすのが嫌だったから。

「でも彼はわたしのお古ですけどね。勿論黙ってましたよ。わたしが休んでいる間に結婚することを会社に言ったみたいで、告白した週の土日にはお互いの両親に結婚の報告は済ませたみたいです」