さまよう爪

「……あなたも、さっきのやつと同じ?」

「まあ、そーなる」

否定も、取り繕うこともせず、彼はあっさりと白状した。

「ひとりで飲んでるから声かけよーかなーって思って見てて、何だか荒れ模様だったんでどうしようかなあと迷ってたら、さっきの男にそのバックぶち当てる5秒前でちょっと面白ぇなあ、と。それ、ブランドものでしょ。そっち方面に疎い俺でもグッチだってわかるよ」

笑った顔が、素朴な感じだった。

クラブなんかで、しかもナンパしよーってんだから、素朴なわけない。

そんなことわかってる。

でも、さっきの男に湧いたほどの警戒心は、湧き上がらなかった。

初対面じゃないからか。

「……全部見てたんだ」

「うん。そんなに荒れてどうしたの? ここも行き当たりばったりで入ったんじゃないの、服装も何となく、オフィスカジュアルだし」

その通りだ。一軒目のバーに入って飲んでそれで帰ろうと思って電車に乗って、でも帰りたくなくて、わけがわかんないまま無我夢中で目に付いたここに入っていた。

「ちょっと、今朝……」

『小野田さん。明日からあたしのこと三澤って呼んでくださーい』

記憶のなかの彼女は本当に嬉しそうだった。満ち足りていて、幸せそうで……

すると、わたしの右手の上に温かいものが降りてきた。それはわたしの握りしめた手をそっと開かせて、包み込んでくれる。

わたしよりもずっと大きくて、力強い手。彼の手のひらだった。

そこで自分の手をがっちりと握り込んでしまっていたことに気づいた。自分が情けなくて、やるせなくて。