さまよう爪

「荒れてんのぉ? 何かあったぁ? 俺で良ければ話聞くよ? どっか静かなとこ、移る?」

「ひとりじゃないって言ってるでしょ?」

男が笑った。

「えー? 今は俺といるから、ふたりぃ?」

ああ、ダメだ。

イライラする。

今日は、もう限界だ。

わたしは大ぶりのトートバッグのバンブーの持ち手を握り締めてそれを振りかざそうと立ち上がりかけた、が、遮るようにテーブルにグラスが置かれた。

「お待たせしました女王様」

また別の男が来たようだ。

わたしとナンパ男の間に立つ。

「ちょっとお兄さん、割り込み禁止だよー」

「割り込みはきみだからね。俺は彼女の命令を聞いて手足のように動く、従順な下僕」

「……は?」

ナンパ男の笑顔が凍った。

「奴隷でいることが、至上の喜びなんです。だから俺の喜びをとらないでくださいっ」

「……ごめん、話が合わなさそうだからまた今度」

どこのどなたかわからないけど助かった。

言ってる意味なんか、わたしにだってわかりゃしない。わたしそんなキャラじゃないもん。

彼は誰かと間違ってるのだろうか。

わたしは気味悪そうに席を離れていくナンパ男の背中に、舌を出しながらひらひらと手を振る。

それから自分のグラスに手を伸ばし、中身をさっき飲み干したことを思い出した。

おかわりをもらおう。まだ飲み足りない。まだまだまだまだ飲み足りない。