四面楚歌-悲運の妃-



琴彭児を知っているわけではないが、冥明様の一族であることは、私とって気にせずにはいられない。

まだ会ったこともない知りもしない琴彭児に、姉上である杞王妃に会った時のような感情がわく。


「七神にお会いになったことのある陛下に、前々から七神生家の息女なれば関心が湧くのではないかと思い、妃にと思っていたのです。七神の生家は六家ありますが、妙齢の息女が琴家と櫂家にしかいなかったのです。」


その櫂家の妙齢の息女は杞王妃様の事で、呂貴妃が何年も前から恢長公子にと櫂家と約束を交わしていたので、諦めざるおえなかったと嘆くように范丞相は言った。

櫂家には杞王妃様の下、正確には私の下に10になる妹がいるそうなのだが、妃は13になってなければならない決まりがある故、入宮は出来ない。

姉や兄だけではなく妹がいたことを初めて知り嬉しく思ったが、同じ陛下の妃のならなくて良かったと思う。

姉妹で妃になる事は後宮では当たり前のようにあるのだが、私には耐えがたい。

そして琴家の彭児も当初は許婚がおり、16のなった年に嫁ぐ予定であった為、彭児の妹が今年13になったので

妹君をと思っていたらしい。

しかし彭児が15になった今年、許婚が流行り病で亡くなってしまい、許婚がいなくなった彭児が入宮と相成ったそうだ。