オフセットスマイル

 僕が気をとられていると、いわゆるシャッター音が撮影音として響き、珠子は僕の無防備な表情を撮った。

 してやられた、と思った。


「珠子のそんな仕草、見ていて飽きないよ」


「え? どんな仕草?」


 ぽつりと溢したつもりだった。

 撮影された画像を確認していた珠子が、再び僕を捉えた。


「今度は一緒に撮らないか? それとも、珠子を写そうか?」


 海風で、珠子の髪の毛が頬を引っ掻いていた。

 この空も、いつかは夕焼けに覆われ、そしてきっと、あの山焼きのように、夜空を赤く染めるに違いない。

 心に残る景色は、全て繋がっているのであろうか?


「ふーん」

 何やら考えている。しかし、何を考えているのかまでは分からない。遠くのどこかを見て、誰に対してでもなく、珠子はニヤリと微笑んでいる。

「あなたのポスターを作るのよ。別世界で頑張ってるような、憧れの人」


「それなら……、出来あがったら、送ってくれるの?」


「ちゃんと送るわ。宛て先は、カミイ君の実家でいい?」


「……いいよ」


「じゃ、楽しみに待っていて」


 また、人指し指を立てる。今度はメトロノームのような動きはない。


「ごめんね。花束渡せなくて」


「ここに花畑があったことを、覚えていてくれただけでいいよ」


 珠子は立ち上がって、両手を広げて見せた。

 そうだ。ここに花束は確かにあった。彼女の笑顔が浮かぶ。

 僕の方を向いた笑顔。
 僕に贈った花束。


「そろそろ帰ろうか」


 故郷に帰る決心は、もう着いた。

 この海が、空が、永遠に閉じられてもいい……。

 そんな風に、僕は思った。


「やっぱり、もう一枚撮ってもいいかな?」

 珠子はまた、携帯電話を構えた。

 カメラのレンズは、僕を狙っている。






「オフセットスマイル」

花井敬市
 



 < 了 >