しばらくして口を開いた。
 もう十分にもらったから。

「………記憶、消してやるよ。」

「え……………。どうしてですか?
 私じゃ……私じゃ魔法を解くキスの役は役不足ですか?」

 馬鹿だな。そうじゃないんだ。そうじゃ。

 無言でポケットに手を入れた。
 いつでもどこでも記憶を消せるように持ち歩いている針。
 他の動物にもそれぞれやり方があるらしいが、ハリネズミは自分の針を刺すことが記憶を消す方法。

「そっか。
 1回キスすればもう大丈夫ってことですね。」

 違う。
 童話のかえるはどうか知らないが、人外は何度でも出来れば毎日する必要がある。

 違うんだ。
 今は分からないだけ。
 徐々に理解していけば俺のことが怖くなる。
 そうなるくらいなら今のうちに……。

「もう勝手にキスしたりしないです。
 ううん。健吾さんに彼女が出来たりしても何も言わないから。
 だから……好きでいさせて下さい。」

 何を言ってるんだよ!!
 だって、だってお前は……。

「震えてる奴が何を言ってるんだ。
 俺は化け物だぜ?
 怖いんだろ?」

 俯いていた朱莉が跳ねるように椅子から離れてしがみついてきた。
 さっきまでは気づかなかった朱莉の匂いがふわっと香って、抱きしめそうになる腕をすんでのところで止めた。

 手を握りしめ、手のひらに爪が食い込んでも力を込め続けた。

 頼むからやめてくれ。
 俺を惑わすな。