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商人用の門口には、複数の荷馬車の姿が見えた。
それには野菜や穀物、鉄鉱石などが見受けられる。どれも他の町から運搬されてきたようで、商人達は受付に許可書を出していた。
無論、他の町へ向けて運ぶ荷馬車も見受けられる。
ティエンはあの荷馬車のどれかにまぎれて、町を出ようと考えているらしい。
本当は馬宿からカグム達の馬を盗もうと目論んでいたようだが、日が高いのと、人目の多さに諦めたという。
それは正しい判断だろう。
騒がれてしまえば、町を守る傭兵達がすっ飛んでくる。せっかくユンジェが身を張ってまで敵を減らしたのに、また敵を増やしてしまうことになるのだから。
二人は織物が収められた、木造の倉庫の陰に身を隠し、どの荷馬車に乗り込もうか、と話し合った。
無断で荷馬車に乗るのだから、商人達に見つかってしまうのまずい。
下ろされるだけならまだしも、盗人だと声を上げられるやもしれない。慎重に選びたいところだ。
「はやく決めないと、カグム達が来る。ティエン、どうする?」
しきりに周囲を警戒するユンジェに対し、彼は荷馬車を見定めていた。
「穀物の荷馬車が妥当かもしれないな。ユンジェ、見てみろ。あそこに麻袋が積んである」
ティエンが前方を指さす。そこには荷台の上に麻袋の山ができていた。
確かに、あれに入って荷馬車にまぎれることができれば、町を出られるやもしれない。袋口さえ閉じることができれば、の話だが。
しかもだ。
「あれに入って移動することは難しいぜ? 荷馬車の上じゃないと」
「入っているところを見られる可能性があるな。せめて、樽を運ぶ商人がいてくれたら」
二人して麻袋を睨んでいると、門口にカグムが現れる。
予想以上に早い登場だ。二人が通常の出入り口からは逃げないだろうと、考えを読んだのだろう。
しつこい男だ。天士ホウレイは、よほどピンイン王子を欲しているらしい。
ユンジェとティエンが目を合わせ、小さな吐息を零す。
その時であった。
突然、二人の肩に手が伸び、それが叩いてくる。驚きの声を上げそうになった。見つかったのだろうか。各々懐剣と短剣を抜き、身構える。
けれども、振り向いた瞬間、その人間は口元で人差し指を立てた。
「静かにおし。見つかっちまうよ――元気そうでなによりだねぇ。ユンジェ、ティエン」
恰幅の良い女性が優しい目で笑ってくる。
驚愕してしまった。
彼女は二人の顔なじみであり、ユンジェ達といつも物々交換の取引に応じてくれた。
何かと自分達に気に掛けてくれる、その女性の名はトーリャ。
八人家族の母であり、ユンジェと同じ農民。将軍タオシュンの起こした大火事件の被害者であった。
「トーリャおばさん。おばさんなの?」
夢でも見ているのではなだろうか。こんなところでトーリャに会えるだなんて。
「話は後だよ。私についておいで」
先導する彼女の後について行く。
織物倉庫の裏にも、古びた荷馬車が留めてあった。彼女は物を退かせると、二人に寝転がるよう告げ、織物や絹を覆いかぶせてくる。
「私が良いって言うまで、動いちゃだめだからね」
視界が見えなくなり、トーリャの気配が遠ざかる。荷馬車が揺れ始めた。何度も底板に頭をぶつけてしまうが、じっと息を潜め続ける。
やがて商人達の声が小さくなり、風の音や車輪の音、蹄の音がよく聞こえるようになる。それでも二人は合図を待った。
どれほど息を潜めていただろう。
ふと荷馬車が止まり、それは左右に揺れる。
織物が取られた。辺りはすっかり暗くなっていたが、もう大丈夫だと微笑んでくる彼女の表情は目視できた。握られている燭台のおかげだろう。