ユンジェは驚き、真に受けるなと怒声を張った。が、彼の姿を見た途端、その声が萎んでしまう。

 ティエンは美しく笑っていた。絵に描いたような微笑みは、その目は、激情に荒れ狂っている。

「貴様の行いが呪いで済まされるというのであれば、私の行いも呪いで済まされるのであろう」

 絹糸のような黒髪が熱風に梳かれる。
 炎と共に揺れるそれは、まるで麒麟の持つ、黄金の体毛を彷彿させた。彼を取り巻く熱風が意図して、火の粉を散らす。厳かな空気は麒麟と向かい合う時の空気そのもの。

「タオシュン、お前の身は私の呪いを持って滅びる。心せよ」

 ティエンが笑みを深めれば、燃え盛る木々達がなぎ倒される。火の粉が舞い上がった。
 なのに、うねる炎はティエンを避ける。まるで、平伏するようにティエンに道を作る。

(あっ)

 ユンジェは帯にたばさむ鞘を抜き、加護が宿る黄玉(トパーズ)を見つめた。真っ赤に燃えている。それは森を焼く炎と同じ色だ。

「王族の落ちこぼれが何を申しますか」

 馬の腹を蹴るタオシュンが、ティエンに大刀を振るう。
 その刃先が届く前に、左右の炎が行く手を邪魔した。走る獣は燃え盛る炎を恐れ、手綱を千切るようにして立ち止まる。

 間に合わず、炎は馬を呑み込んだ。

 苦々しく舌を鳴らすタオシュンが走り去る馬を捨て、その首を切ろうと、大刀をティエンに切りかかる。道すがら大木が倒れ、それを阻んだ。
 どうしたってティエンまで大刀が届かない。

 戸惑うタオシュンには、きっと見えていないのだろう。彼を守るように立ちはだかる、天の生き物が。

 ティエンは生まれながら、王族として認められなかった。それは黄玉(トパーズ)に麒麟の加護が宿らなかったからだ。加護を受ける前に、いつも黄玉は砕けていた。
 だから、呪われた王子と呼ばれるようになった。

 しかし、それはきっと呪いではないのだろう。ユンジェは加護を受けられなかった理由を、はっきりと確信した。

(ティエンは加護が受けられなかったんじゃない。要らなかったんだ)

 だって、彼の傍にはいつも麒麟がいたのだから。ああ、そうだ。きっとそうだ。ユンジェだって見たではないか。彼の傍にいる麒麟の姿を。
 麒麟はティエンに何かしらの器を見たのだろう。他の王族にないものがあると期待し、いつも傍にいて、彼を見守っていたのだろう。

 しかし、周りは死を望む声ばかり。その多さに耐え兼ね、天の生き物は加護を与え、ユンジェに使命を授けたのだ。


 麒麟の加護を受け、尚且つ麒麟とその使いが傍にいる、ティエンはまぎれもなく――麒麟に選ばれた者。


「如何した、将軍タオシュン。私は今、弓を下ろしている。刃を下ろさなければ、呪いは消えぬぞ」

 双方の余裕が形勢逆転する。
 それまで優勢を取っていたタオシュンに焦りが見え隠れした。得体の知れない恐怖に襲われたのだろう。乱雑に大刀を振り、雄叫びを上げた。

 冷静の欠いた人間ほど、単調な動きを見せる。ユンジェは懐剣を構え、素早く駆け出す。

「忘れるな、タオシュンよ。私には麒麟の使命を授かった、頼もしい懐剣がいることを」

 ティエンが弓を構えた。右に回ったユンジェは飛び上がり、鎧からはみ出ている首に狙いを定める。
 そこには包帯が巻いてあったが、鋭利ある懐剣で容易く裂くことができた。厚い肉に刃が刺さると、タオシュンが大口を開ける。

 その瞬間を狙い、ティエンは矢を放した。
 彼の傍にいた麒麟も走り出す。炎を運ぶ麒麟と共に、矢は輩の喉奥深く突き刺さった。血を吐く、その口から悲鳴は上がらなかった。

 果たして、喉を焼かれたのか、声帯を貫かれたのか。
 どちらにせよ、皮肉なものであった。声が出ないその状況は、かつてティエンの身に受けたものと酷似している。
 森中を響かせる声を上げていれば、もしかすると、援兵が来たかもしれないのに。