彼は既に、その軟な背中に数え切れないものを背負っているのに、ユンジェの行いまで背負うという。どうしようもないお人好しだ。

 少しだけ気持ちが軽くなった。安心したのかもしれない。でも、それを認めるのがとても悔しく思うので、ユンジェは話を逸らす。

「なあティエン。使命を与えられる時って、どう振る舞えばいいんだ?」

 懐剣を受け取る時の言葉を教えて欲しいと頼んだ。
 王族は、やたら難しい言葉ばかり使う。受け取る時は、さぞ立派な言葉を使うことだろう。王子の懐剣になるのだから、ユンジェも立派な言葉を使ってみたかった。

「ユンジェ、私は王族を捨てた身なんだが」

 農民の身分を謳うティエンに、両手を合わせる。

「いいだろう? 雰囲気だけでも味わってみたいんだって」

「はあ……仕方がないな」

 苦笑いを零す彼は、ユンジェに片膝立ちするよう指示した。
 己の言葉が終わるまで、頭を上げてはならないと告げると、ティエンは立ち上がり、両の手で懐剣を差し出す。

「ユンジェよ。大いなる麒麟に使命を与えられた、天のつかわしめよ。こんにちより、汝はティエンの懐剣となった。私は天の導きに従い、汝に懐剣と名乗る許可を与える。傍にいることを許そう」

 下げていた頭を、そっと持ち上げる。

 強い意思を宿した目とぶつかり少しばかり戸惑ったが、懐剣に視線を留めて、恐る恐る両手で持つ。

「拝命いたしました。それが受け取る時の言葉だ」

 ユンジェは頷き、初めて聞く言葉をなぞった。

「拝命いたしました。必ずやティエンをお守りすると、最後までお傍にいると誓います」

 天幕の内は厳かな空気に包まれる。
 雰囲気だけでも味わいたいと始めたものは、確かに誓いを立てる、立派な儀となっていた。