「硝石は貯蔵庫のみ。岩塩と混ざったかたちで見つかりました。木炭の粉末は、いくつかの飾壷の中から握りこぶし程度の量が見つかっております。リーミンの機転がなければ、我々は間近の危険すら気づけなかったことでしょう」

 自分の手柄にしてしまえば良いのに、チャオヤンはユンジェの手柄だとセイウに知らせた。
 子どもながら見るべき目を持っている、と言って褒めてくれる。その一方、チャオヤンは青褪めた顔で片膝をついている将軍グンヘイを横目で見やった。その目はどこまでも冷たく、一切の信用を宿していない。

「まこと不思議な話ですね、将軍グンヘイ。屋敷に硝石(しょうせき)があるとは。また、飾壷の中に木炭の粉があるとは奇怪なこと極まりない」

「貴様。一端の近衛兵の分際で、私に言い掛かりをつける気か!」

「ここは貴殿の屋敷でございましょうに」

 やれやれ。大げさに肩を竦めるチャオヤンの態度が気に食わなかったのか、グンヘイの顔色が見る見る赤くなっていく。誰がどう見てもグンヘイは怒れている様子であった。王子の御前でなければ、鞘に収めている剣を抜いていたやもしれない。男の手が何度も柄を触っている。

 未だ硝石(しょうせき)が何なのか分からず、首を傾げていると、グンヘイと目が合った。

「また貴様か、懐剣の小僧! (くだん)の騒動を起こしたのは! 手柄欲しさに私を嵌めたいのか。貯蔵庫から硝石を見つかるなんぞ、天地がひっくり返ってもあり得ない話。どこから忍ばせた!」

 癇癪を起こす将軍の言葉が、まったく響いてこない。一体何を言っているのだ、この男。

(またとんちんかんなこと言ってきやがった。頭悪いから、グンヘイとは喋りたくないんだけど)

 息巻くグンヘイが鼻の穴を膨らませて、こちらを見据えている。見ているだけで、なんだか気分が悪い。

「リーミン。この石が何なのか、分かりますか?」

 セイウが問うたので、ユンジェは寸の間も入れず、「いいえ」と答えた。
 グンヘイから「うそをつけ」と怒鳴られてしまうが、本当に何も知らないのだ。詰問されたところで、同じ返答しかできない。

 すると。セイウが侍女に声を掛け、グンヘイとユンジェに硝石を渡すよう指示した。そして、二人にはそれを舐めてみろ、と命じる。途端にグンヘイは零れんばかりに目を見開き、セイウを凝視した。正気か、と言わんばかりの顔である。

(そんなに怖い石なのか? もしかして、これは毒石?)

 硝石を受け取ったユンジェは、それを天に翳したり、手の平で転がしたり、あらゆる角度から石を観察する。
 半透明な白石にしか見えないのだが、これに毒が含まれているのだろうか?

(まっ。腹痛(はらいた)を起こしたら、その時はその時だな)

 迷うことなく硝石を舐めてみる。それは驚くほど冷たく塩気があった。石に味があるとは珍しい。もしやこれは先ほど、チャオヤンが言っていた「岩塩」とやらでは?

「リーミン。その石は山草、人間や家畜の糞尿などをまぜた土から作られています」

 ユンジェはむせ返ってしまう。なんというものを舐めせてくれるのだ、この王子!
 目を白黒にして硝石を見つめるユンジェを余所に、セイウはふむ、と一つ頷いて、グンヘイに言った。

「将軍グンヘイ。貴殿はこれを舐めろ、と命じられ、すぐにそれができませんでしたね。それは硝石がどのような過程で作られているのか、それを知っているからこその態度でしょう。もし、何も知らなければリーミンのように躊躇いなく舐めていました。これはリーミンが硝石を知らない証拠他ありません」

「お言葉ですが、セイウさま。作り方を知らないだけ、では」

「生産地を知らなければ、硝石は手に入らない。仮に商人から買ったものだとしても、それは高値で取引されているもの。屋敷から見つかった硝石の数は十や二十ではありません。常に小汚い格好をしていたリーミンが買えるとは思えませんが」

「それは……」

 グンヘイが口ごもったところで、セイウが一人の侍女を手招く。その侍女は、若くやや幼さが垣間見えるおなごであった。

 セイウは侍女に出入り口の前で立つよう命じた。

 そして彼女に飾壷と蝋燭の火がともった燭台を持たせ、あれには少量の硝石と木炭と硫黄の粉末が入っていることをユンジェに説明する。
 なぜであろう。グンヘイやチャオヤン、兵士らは、侍女からやたら距離を取った。

「燭台を飾壷の中へ」

 侍女が飾壷に燭台を入れる。目の眩むような閃光と、耳のつんざくような破裂音、女性とは思えない野太い悲鳴が一室を満たした。

 ユンジェは恐ろしい光景に身を引きつらせてしまう。飾壷が破裂したのである。

 壷を持っていた侍女はその場に転がり、熱い、痛い、苦しい、と悲鳴を上げながら、のたうち回っていた。寸前まで見せていた幼さを残す顔はそこになく、火傷で腫れあがった顔が涙を流して救いを求めている。