何が何だか分からず、目を白黒させているグンヘイの様子に、セイウが細く笑う。


「懐剣は護身剣。麒麟の加護により持ち主に悪意や邪な心があれば、守護の力がいかんなく発揮し、その者を拒絶します。リーミン、私の懐剣を拾ってきなさい」


 自分で拾って来れば良いのに。

 内心、文句垂れながら、ユンジェは爪を磨いてくれる侍女に声を掛けて、グンヘイの前に転がっているセイウの懐剣を拾いに腰を上げた。

(俺のことも拒絶してくれないかな)

 抱く願いもむなしく、セイウの懐剣はユンジェの手におとなしく収まる。
 それだけではない。これを持つだけで、体中の血潮が猛り、強い使命感に駆られた。反面、心が冷たくなっていくのを感じる。頭の中はセイウを守ることで一杯いっぱいになった。それ以外、何も考えられなくなっていく。

 セイウの懐剣を大切に胸に抱え、主君の下へ戻る。
 本来は持ち主に返さなければならないそれを当たり前のように自分の帯に差し、慈しむように鞘を撫でた。が、同じく帯にたばさんでいるティエンの懐剣を目にすると、ようやっと我に返る。自分はいま、なにを。

「ご覧になりましたか、セイウさま! あの子どもは懐剣を貴殿に返さず、我が物にしましたぞ! それに邪な心があるのではありませんか?」

 自分が懐剣に拒絶されたことなど棚に上げ、ここぞとユンジェの行いを責め立てるグンヘイの声はセイウに届いていない。
 彼は青褪めるユンジェの様子に嘲笑すると、「邪魔ですね」と言って、ティエンの懐剣を指さした。


「これのせいで、お前は選ぶべき所有者を迷ってしまっている」


 ユンジェは俯き、無言でかぶりを横に振った。

 違う。迷ってなんかいない。自分はティエンの懐剣でいたい。その一心だ。セイウの懐剣になりたいなんぞ、つま先も思ったことがない。


「リーミン、私の目を見なさい」


 顎を掬ってくるセイウと目を合わせられる。吸い込まれそうな瑠璃の瞳が、得体の知れぬ畏れを抱かせた。

「主従の儀を交わした、お前の体には私の血が宿っている。抗えない主君の血が、その身に流れている。ピンインはお前と主従の儀を交わしていない。お前にピンインの血は宿っていない。であれば、誰に従うべきか」

 形の良い唇が、ユンジェの耳元で囁いた。


「よく考え、部屋の物を使って私の手から逃げてしまったことのある賢いお前なら、うつくしいお前なら、この意味が分かりますね? リーミン」


 分かったのなら、第三王子の懐剣を差し出せ、とセイウ。

 まこと忌々しい第三王子の懐剣をユンジェの手から離させるには、所有者であるティエンを討たなければならないものの、使えないよう封じることは可能だ。
 セイウはユンジェの心を試すべく、以前のように懐剣を取り上げる形で懐剣を封じるのではなく、ユンジェの意思でそれを差し出すよう促した。

 それは命令他ならなかった

(差し出す……ティエンの懐剣を)

 差し出せば、第二王子の懐剣リーミンに成り下がり、差し出さなければ、第三王子の懐剣ユンジェのまま。
 差し出してはいけないことくらい、頭では分かっている。けれど。


「さあ。リーミン」


 やさしく、けれど鋭い言葉に(いざな)われるがまま、ユンジェは帯から懐剣を抜き、両手でそれを差し出した。ティエンの懐剣であった。

 逆らえるわけなかった。いまのユンジェの体内には、セイウの血が流れているのだから。