「そろそろ出ようかな」
午前3時前。
康文は立ち上がった。
「ぇ、外に?」
「うん。家の中を騒がしくしたら、弟くんに悪いだろ?」
「……あぁ、そうだな。上から手鏡を取ってくる」
彼が外に出たのを確認して、僕は鍵の無い近くの部屋を見て回る。
その中で鏡があるのはトイレと風呂場と洗面所。
映しだすは、嫉妬に歪む醜い顔。
「お前なんかに彩矢香は渡さない!」
記憶に甦る、ふたりが涙を流して抱き合っていたあの光景。
目の前に映るこの顔も、その記憶も、
「っつ゛!」
——バリーーーーーンッ!
すべてを粉々に消し去ってやった。
午前3時02分。
「遅かったな!」
何も知らない康文は、両頬を叩いて自らを鼓舞していた。
逃げ切れると思っているのか、屈伸運動までしている。
駅伝なら、いくらでも天国でやればいい。
午前3時03分。
——……。
すべての音が止んだ。
「来る゛……」
——ビュウー――――――――ッ。
突如、巻き起こる強烈な風。
「き、き来たぞ!」
木の枝の揺れ方が異常だった。まるで下から上に突き上げられたように逆立っている。
「どこだ⁈」
広い庭をふたりで見渡した。
だが、あの女はいない。
そのとき!
——キ゛ィー。
——ガガガガガガッガガガガガガガッ。
「「ッ⁉」
僕の操作なくして動かないはずの門扉が、けたたましい音を立てて開いた。



