自分の身ひとつで家から出てきた母親のために、彩矢香と身の回りの物を取りに帰った。
「これが奥様よりお預かりしている約束事でございます」
主を失くして傷心ぎみの運転手から、聖矢に関する注意事項が書かれた紙を渡された。
食事は何時に部屋の前に置くとか、それ以外は部屋に近付くなやらetc…。
門扉の解錠など簡単な説明をし、彩矢香は玄関に立つ。
「じゃ、お願いね」
「おう。任せろ」
身内や遠い親戚、友人から知人に至るまで。
たくさんの人が集まりだした病院へ、彼女は戻っていく。かかりつけの医者と運転手を引き連れて。
車が敷地から出るまで見送った僕は、心の底から込みあがる解放感に包まれた。
今から、この豪邸は僕のモノだ。
未開の扉をいくつも開け、その度に微々たる感動があった。
もっとも大きく感じたのは、父親の書斎に足を踏み入れたとき。
自ら書いた経営の啓発本が本棚に並び、横文字ばかりのトロフィーと盾がまぶしいほどに輝く。
有名な絵画の数々、写真の中で共に笑う人物は、全員の名前が言えた。
「おいおい、アメリカの大統領だぞ……」
座高が高いギネス記録を持つ人でもすっぽり収まるぐらいの一人掛けの椅子に座り、机の引き出しを物色。
一番下には鍵がかかっていて、どうしても開けたい衝動に駆られた。
僕ならどこに隠すだろう。グルグル回りながら考えたが、それよりもある箇所が気になった。
壁に掛けられた絵画の1つだけ、無名の作品。
他の絵は恐れ多くて触れないのに、それだけは……。
「もしかして⁉」
よくある。こういう物の裏には、
「やっぱり!」
金庫がある。
瞬時に、鍵はこの中だと思った。
諦めるしかない。数字のボタンを一つでも押せば、犯罪者に成り下がるから。
心躍る冒険の後、疲れて彩矢香のベッドに飛びこんだ。



